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古い楽器、好きだったな

 2019-10-13
先日の水曜日、ヴァイオリンのレッスンへ行きました。

先回初めて会った古いヴァイオリン、2週間でビックリするほど音が変わっていました!この前は自分の相棒くんの方が大きな音に聞こえたのですが(先生もそう言っていました)、今回は先生がチューニングするのに音を出した瞬間、驚きました!

この楽器、先生にあれこれ注文を出して、自分が良い音で歌わせてもらえるようにしたのだなぁ(笑)。お話を伺うと、先生は本当にいろいろと試行錯誤して最適な状態をみつけられたようでした。実際に目の前で、変えられえる部分を少しずつ変えながら音を出して、わたしにも試させてくださって、興味深い体験をさせてもらえました。

ヴァイオリンと言っても、製作者、年代、それが同じであっても個体差もあって、もうそれぞれ全然違うものです。昔は人気があったとされる古いそのヴァイオリン、普通に今のやり方で弾いたのではあまり良い音がしない。「こんな筈ではない」と信じて、真価を発揮できるまで試す先生の、熱意と手法の豊富さは並大抵のものではありません。

わたしもめったにできないような貴重な体験をさせてもらい、本当にありがたいです。話として聞くだけでなく、少しの間だけれど2週間前と今回と、時間を追って実際に弾かせてもらって、感じる事がたくさんありました。第一印象で可愛らしく品が良いと感じたそのヴァイオリン、美しい上品な音で歌うようになっていました。

たぶん、もうあの楽器を弾くことは無いのだろうな。自分では全然うまく弾けなかったけれど、幸せだったな。うまく言えないけれど、肌が合うというのか…。ヴァイオリンを弾くというのにもいろいろあって…、わたしはこういうのがいいなぁ…と思いました。これでは全然伝わらないですね(笑)。

わたしは自分の手元にある2つのヴァイオリンが望むように、それぞれの相手をしてあげることだなぁ。レッスンの後、先生がやったことのマネをして弾いてみたら、良く響く音がするような気がする…。また妄想世界の人になっているかもしれません(笑)。このヴァイオリンたちはどうしてもらうのが好きなんだろう…?

リコーダーの演奏をしたり、合唱祭があったり、ヴァイオリンでもこういった体験をさせてもらい、他にもいろいろあり、このところ濃い出来事が多い毎日です。思うこと、感じることはたくさんあるのですが、なかなかここに整理して書くことができていません。過ぎ行くことは過ぎ行くままに…、にしておきます。


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レッスンの後、旧古河庭園でバラを見ました。
台風でどうなったか少し気になりますが、まだつぼみもたくさんあったので咲く花もあるはず。また見に行きます。



歴史的なヴァイオリン

 2019-09-27
昨日はヴァイオリンのレッスンへ。

先生のところへ期間限定で古い楽器が来ています。見せてもらえるのを楽しみにしていました!見るだけだと思っていたら音も出させていただけました。全然心の準備ができていなくて、ビックリしました。

昔はストラディヴァリより人気があったとされるそのヴァイオリン、それほど弾いてもらっていないらしいとのことで、スネてイジケた雰囲気かも?とか、重々しい長老のような感じなのかも?と想像していましたが、実物を手に取ったら、年代相応の傷や割れはあるけれど、可愛らしい、さっぱりとして品の良い感じに見えました。

先生が長年の眠りから目覚めさせようと連日弾いているそうです。まだ本気になっていないのか?という音ですが、昔のレコードの録音のような懐かしいセピア色の音が出てきたり、先生がモーツアルトを弾いたら、まるで音符がキラキラと踊りながらヴァイオリンから飛び出してくるようでした。

わたしにはヴァイオリンの言葉は分らないけれど、楽器が一番うれしいのは弾いてもらうことに違いないとは思います。歴史的な資料として飾られ眺められているよりも、またこんなふうに無理やりにでも目覚めていただこうと(笑)あの手この手を尽くして弾いてもらって、レッスンに来るわたしたちにも紹介されて、嬉しくない訳がない。でも突然こんなふうにされて戸惑っているかもしれませんね。

なぜ以前は人気があったのに廃れてしまったのか、その理由は楽器から教えてもらうのが一番確かなことですが、教えていただくには時間が掛かるのかもしれません。楽器のせいではなく歴史・社会的な要因もあるでしょうし…。そのヴァイオリンが先生のところにあるうちにもう一度レッスンがあるので、また再会できると思います。

わたしの方は今回からカール・フレッシュの短調の音階です。前に小野アンナ教本をやっているときにも感じたのですが、わたしは短調の方が気持ちにしっくりきます。曲でもないのに、ああ、またこの気持ちになるんだ、と改めて思っています。出来の良し悪しは別にして、すごく好き。根暗な人なんです、自分でもちょっと知ってる(笑)。

先回よりだいぶ生き物としてのレベルもアップして元気になってきました。先生にイスを勧められなかったから、見た感じも普通だったのだと思います。顔色とはよく言ったもので、本当に顔の色が良くなったと思います。(化粧が上手になったのではなく、笑)


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ある9月の日の空 秋になったら空を眺めることが多くなりました



ヴァイオリンに喜んでもらえるように

 2019-09-14
一昨日の木曜日、ヴァイオリンのレッスンに行きました。

先回のレッスンの後にD線だけオリーブに換えました。先生がオリーブにしたのですぐに真似したくなる(笑)。全部オリーブにすれば良いかもしれないけれど、いろいろ考えるとコレが現状最適なのではないかと。で、良い音だ~と感じる時と、ん~?そうでもないか…?と思う時があって、そういうのはすぐに先生には分かってしまいます。

「オリーブらしい音がしていないので…(^^)」と、駒の加減を直してくれました。自分でも日々やっているつもりですが、手に力が入りにくいからか、コツが分かっていないのか、あまりうまくいきません。(チューニングでペグを回すのも少しやりにくいので全部オリーブにはしません)

「ヴァイオリンが嬉しくなさそうな時は適切な状態になっていないということ(^^)」とおっしゃるとおり、駒の加減を直したら音を出すのがスムースで楽そうです。ヴァイオリンが苦しそうだと弾くわたしも苦しくなっているのですが、楽になって初めてそれに気がつきます(苦笑)。

いつでもヴァイオリンが嬉しそうな音を出している。そういう状態をつくる事がヴァイオリンを弾く人の役目なんだなぁと思います。無理なく良い音が出る状態を維持して、楽器の性能が充分に発揮できる加減で弾いてあげる。先生はこれの達人なのだと、本当に思います。別に先生が楽器に良い音を出せ!と命令しているのではなく、「こうがいいの?ああがいいの?」とご機嫌を伺って、ヴァイオリンが望む最適な状態で音を出してあげるとそうなるようです。

ヴァイオリンだけでなくわたしの方も調子が思わしくなく、うまく表現できないけれど、生き物としてのレベルがかなり低い状況…という感じ。仕事や日常のことはごまかして普通っぽくやっているつもりだけれど、ヴァイオリンはそういうのとは全然別のことで、素のわたしになっちゃう。それでもレッスンが終わったらかなり元気が出てライフのゲージ、ハートマークがひとつ増えた感じになりました(笑)。

かなり涼しくなってきたので、帰りに近所のお花屋さんでバラを買いました。家のベランダのミニバラは、こちらも夏の疲れか、かなり危うい感じで、葉っぱが枯れ始めてきてしまいました。少しゆっくり休もうね。


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先生にこの前の演奏を聴いてもらって

 2019-08-30
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。

レッスンの最初に先日の演奏の録音を聴いていただきました。終わった時には「ああ、またうまく弾けなかった…」と残念に思ったのですが、後から聴いてみたらその時思ったよりは少しマシな演奏だったので、なんとか聴いていただけるかなぁと思ったので。

先回のレッスンで弾いたのと比べたら全然ですが、それでもわたしが言うほどは悪くないと言ってくださいました。どこかでヴァイオリンを弾いてくる度に、どんな場所で誰の前で弾いたかや、弾いている時に感じたことや、聴いてくれた人に言われた感想など、先生にお話しています。終わって「良く弾けた!」ということは一度も無く、そんなとっちらかったわたしを、整理して落ち着かせてくださって、いつも救われます。

演奏についてだけでなく、相棒くん(わたしのヴァイオリン)からの話もこれまで聞いてくださっていて、今回は「喜びとともに弾いて欲しい」という内容のことを言われたと報告しました。相棒くんの言葉として語られることはヴァイオリンが勝手に考えていることではなく、わたしの内面がただ鏡のように反射されて現れているだけのこと。

先生に、自分は趣味で自分の楽しみのためにヴァイオリンを弾いているのに、目の前のことに取り組むことしかしなくなって、こうしなければいけないとか、これができるようにならなくてはとか、そういうことばかりやっていて、何のためにヴァイオリンを弾くのか、ヴァイオリンを弾く喜びのために時間を使わなくなってしまった、とお話しました。なんだか話しながら泣きたい気持ちになってしまった。危ないところでした…。

先生はだからと言って「自分が嬉しいように好きなように弾いて良いです」とは決して言いません。きっとだからわたしは先生に教えていただいているのだろうと思います。好きに楽しく弾くというのではなく、「ヴァイオリンに「嬉しい?」と聞いて「うん、嬉しい」と喜んでもらえるように弾くというのは?(^^)」とご提案くださいました。

ヴァイオリンや聴いてくださる人を楽しませるのであって、演奏者自身が楽しいかどうかは関係無い、と。そういう言葉を聞くとやはり少し苦しくなってしまうのだけど、先生のそういうところも尊敬しています。わたしの場合は相棒くんが喜んでくれるような音を出せたら自分も嬉しくなってしまうので、今のところ問題ないと思います(笑)。

人前で弾く機会はあまり無いけれど、弾きっぱなしではなくこうして先生に消化を手伝ってもらうことで、少しずつでも何かが積み上がっていくのでしょう。


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帰りに乗り換えの四谷駅で。少し日が短くなったかな。もう8月も終わり。



人の前で弾くのは…

 2019-08-27
週末に知人の主催するイベントでヴァイオリンを弾いてきました。
音楽のイベントではなく、愛用品からのメッセージを聴くという趣旨の会で、わたしは自分のヴァイオリン(相棒くん)からのメッセージをお願いしており、その流れで1曲だけ弾かせてもらうことになっていたのです。

これまで相棒くんからは何度か話を聞かせてもらっており…、怪しい話だと思う方はどうぞお引取りください(笑)。相棒くんは話を聴く機会があるたびに生まれ変わり、それはわたしとの関係が毎日新しくなっていっていることの表れのようです。わたしの相棒くんへの思いが鏡のように反射されて、ラブレターのような言葉でした(照)。それだけでなく、自分が薄々感じていながらスルーしていたことを言われたり。

それは少しも不思議なことではないように思えます。この空気の中にわたしの思うこと、誰かの思うこと、神さまの思うこと、良いこと、美しいこと、そうでないいろいろなこと、全部の要素が含まれていて、誰でもがその中のどれかにチューニングを合わせて、受け取ったり感じたりしているだけなのだろうと思うのです。

演奏の会とは違って直前にリハーサルなどもできないし、相棒くんからの話など聴いてしまってはいつも以上に素のわたしになっていて、ヴァイオリン弾く人からはほど遠い状態で、話を聴きながらだんだん緊張もしてきて、不本意な演奏になってしまいました。
もともと人前でヴァイオリンを弾く機会は滅多に無く、慣れようもないのですが、毎回初めてのように緊張してしまう。それでも今まで何度も聴いてくれた友人たちからは、だんだん良くなっていると言ってもらい救われました。夏の忙しい時期で充分な練習ができていないこと以上に、メンタルの問題が大きいです。ただ普通にいつものように弾ければいいのに…。

自分が何のためにヴァイオリンを弾くのか…ということを、改めて考えさせられる機会になりました。疲れていたり忙しい時では生産的な答えが出てこないので、来月になってからゆっくり考えたいと思います。



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