フラと歌とヴァイオリン

 2016-10-19
「ヴァイオリンに合わせて歌いながら踊りたい(^^)」
心の友よりちゃん(フラピストnono さん)から
その曲の音源と歌詞を受け取ったのはたぶん一年くらい前でした。

よりちゃんの踊るフラは生命とか魂とか希望とか祈りとか、
どんな言葉を使ってもうまく表現できないような素敵な踊りです。

わたしもそういうヴァイオリンができたら…と思っています。

今月、二人の母がちょうど80歳になったのを機にお誕生会を開くことになり、
そこでその曲をお披露目することになっています。

もらった音源はハワイの歌で、
ギターと歌と、それをふんわりと包み込むような厚く優しく切ないコーラス。
よりちゃんはメロディーを歌い、わたしがヴァイオリンでその他の部分を…という計画です。

ですが、わたしのヴァイオリン一本だけでその世界を創るのは
いろいろな意味で無理があり難しいなと思って、ギターの伴奏をつくりました。
自分が弾く音も自分でアレンジしました。
(書くと簡単だけど、相当楽譜ソフトで格闘しました。今は果てている…)

ヴァイオリンにしてもアレンジにしても、
やりたいことと自分の技量に大きな隔たりがあるのは毎度のこと。
でも望む世界がはっきりしていれば、
洗練されたやり方でなくても少しずつそれに近づいていける。

こんなことをやりたいという想いがかたちになるには時間がかかります。
わたしがこの話を聞いたのは一年前だけれど、
よりちゃんはわたしのヴァイオリンを初めて聴いた数年前から、胸にあったのだそうです。

わたしがやりたいと思う曲や催しも、構想数年のものがほとんどです。
そういうものを長い時間をかけて育てて実現させることができるのは幸せです。
自分がそれをやるのも、誰かの想いを形にするのに関わるのも、本当に嬉しい。
今も胸の中に種やら双葉やら、育ててみたいもの・生育中のものがいろいろあります。

昨日二人で初めて合わせ、細かいことも決まって、後は練習して弾けるようになるだけです。
肝心なことがこれからなのだけど…。(笑)


__ (2)

スタジオのピアノ「物を置かないでください」の上にたくさん置いてた



大きなホールの真ん中で

 2016-07-15
昨日のレッスンの時に、シェア会で思ったことについて、
今まで口にしたり書いたりしていなかったこと、でも気になっていたことを先生にお話ししました。

わたしが立ってヴァイオリンを弾いた場所が、あまり明るくなく天井も低かったのです。
初めての試みで、簡素な会場を選んだので了承済みのことでしたが、
いざ本番で弾いてみると、それを感じました。
そんなこと感じる余裕はどこに??とも思うけれど。(笑)

広い天井の高いホールの、舞台の真ん中でライトを浴びてヴァイオリンを弾く。
そういう状況を望んでいるの??
ん~、多分そうなんです。
そういう場所を音で満たす力量があるかは別として。(現時点ではまだないです…)
「舞台の真ん中の一番明るい場所に立ちたい」と本能的に思うみたいです。

普段舞台の仕事で行くのは、バレエということもあって広い劇場で、
それに伴い客席も1000人くらいの規模です。
そういう場所が自分にとっては普通なので、「ホールで弾く」と想像する時もそれが頭に浮かんじゃう。

そんな妄想をお話ししたら、
「音を出したらいつでも大ヴァイオリニストのつもりで(^^)」
「下手から舞台の真ん中へ出て行くのに、どのくらい距離があるか想像して(^^)」
「こちらにずーっと開けた客席があるとして、それを見渡しながら(^^)」
と言いながらボーイングの練習を進めてくださいました。

そうやって音を出したら
「こういう音でいつも弾けたら。すごく堂々とした音に聴こえます(^^)」と。
テクニックの問題というよりも、どこに向かって弾くかという気持ちの問題、のようです。

いつか、1000人規模とは言わないまでも、それなりに広いホールで弾いてみたいな。
わたしが仕事で見渡す客席は、
いつも誰もお客さんが座っていないので(裏方は見切れてはいけません)、
それとは全然違う状況でしょうね。
お客さん居るところで踊ったこともあるけれど、忘却の彼方です…。

大きなホールをホームグラウンドのように感じられることは
わたしにとっての大きなアドバンテージに違いない。
いつか、そんな場所で弾くことがあったらの話…ですが。



会場を満たす音

 2016-07-05
ヴァイオリンの小さな会は明後日7日です。
ブログを書こうとするといろいろ考え始めてしまいそうなので、あまり書けなくなっています。(笑)

今までと違っているのは自分を追い詰めていないこと。
これまでは追い詰められて、焦って心配して、そこから開き直れた時に力が出ると思っていました。
(それでも出せないこともありました…)

でも今度はどこかのんびりしてしまっているところがあって、
焦ったり不安になったりしていません。
その自分の様子に「このままで大丈夫なのか?」とちょっと不安になったりして…。

結局いつでも何かネタを見つけて、不安になりたいんじゃないの?と気がつきます。(笑)

自分にとって、会の「成功」は何なのだろう?と時々思い浮かびます。
一般的な演奏会のそれとは違うと思っていますが、うまく書けないな…。
今回の「成功」にはいろんな可能性があって、きっとその中のひとつが顕れるのだと思う。

先日会場で弾いてみて、部屋の大きさに合わせてヴァイオリンが大きくなったように感じました。
(物理的な大きさではなく、笑)
大きくなったヴァイオリンを響かせるのにはいつもより少し大きなエネルギーが要る。

ヴァイオリンを相棒くんに買い換えた時に先生に言われたことが、少し分かるようになりました。
「これまでの楽器よりも大きなエネルギーが必要です。でも圧力をかけるのとは違います(^^)」

それと同じように、少し広い場所を響かせるにはそれなりのエネルギーが要るのかもしれません。
広~いコンサートホールの中をヴァイオリンの音で満たすには、
きっともっともっと大きなエネルギーが要るのだろうな。

明後日は、会場を丁度良く満たす音で弾けたらいいな~と思っています。



自分の音が好きなんだ

 2016-06-28
先生にお願いして、レッスンで「白鳥の湖」のグランアダージョに取り組んでいます。
週末のバレエの仕事で、久しぶりにその曲がありました。

録音再生のヴァイオリンの演奏は、自分のイメージとはかなり違っていました。
あっさりしていて元気っぽいし、素っ気ない。(笑)
わたしと違って、音が外れたり指が回らなかったりはもちろんないけれど、あんまり好きじゃない。
自分の頭の中にある演奏が相当気に入っているんだなぁ。

レッスンでは、区切って細かく見てもらい、先日最後まで終わりました。
使っている楽譜には弓や指について何も書かれておらず、
指は自分で考え、弓順は楽譜のスラーの通りに弾いていましたが、
一通り曲を理解する練習ができたので、弓が苦しいところは変更して良いことになりました。

何度も練習するうちに、頭の中の音楽がどこかへいなくなってしまって
好きなはずの曲でも、なんとなく元気がなくなって来るのだけど、
仕事で聞いてテンション上がったので、やる気が復活しました。

弓が苦しかったところを変えてみたら、なんだか好きなフレーズになりません。
指と弓の関係が変わってしまって上手く弾けない&イメージが違ってしまいます。
あともう一本指があったら問題ないのだけど。(笑)

頭の中の妄想はかなり完成されたものみたいで、変更が難しい。
弾きながら自分の相棒くんからその音が出てきているような気になっています。
わたしは自分の音が好きなんだ…。
↑結局、ぜんぜん自分の音を客観的には聴けていません。(笑)

普段弾きながら自分の音をチェックしてダメだししているけれど、
同時に良い音が出ていると思うことも、自分の音、好きだなぁと思うこともあるのです。
そう思えないで弾いている時は、きっとつまらない音楽になっているのだと思います。

人に「どうだ!」と主張するのとは少し違うけれど、
そう思いながら弾くことで音楽が動き出して、わたしの薫りが表れる。

先日、舞台袖から踊る人を見ながら、その人の薫りや抑えた色気を感じました。
同じことをやっても皆違う。良い薫りがする踊りや音楽が好き。



出てくる音を評価しない

 2016-06-22
先日の事情聴取(笑)の時、
ヴァイオリンの何が好きなのか?というようなこと聞かれ、
(具体的にどう聞かれたかは忘れました、笑)
「出てくる音を評価しないで、音楽とヴァイオリンと一緒になって弾いているのが幸せ」
と答えていました。

普段練習をしながら、自分が出した音について、
音程が合っていないとか、響かせられていないとか、弓が良くないとか…
常にダメだしを続けています。

先日のレッスンでも、自分の音を客観的に聴きながら弾くと教わりました。
「客観的に聴く」とは、聴いた音と望む音の違いに気づき修正していくということ。

きっと上手くなっていけばいくほど、自分へのダメだしの精度は上がっていくのでしょう。
あのハイフェッツでさえ、演奏が終わってから
「ここが良くなかった、上手くできなかった」と言っていたそうです。

そういうどこまで行っても終わりのない道を、わたしは進んで行きたいのか?
本当はそうじゃなくて、どんな演奏でも「それでいいんだ」と思って、
というか、それさえも考えないで、ただ弾きたいのだと思う。

自分の音を評価しながら弾くことを否定しているのではないのです。
「ただ弾いた」時にわたしの望むような音が聴く人に届いたら良いな~とは思うのです。
評価せずに弾くことができたら、自分ではそうなのかどうか分からないのだと思うけれど、
評価しながら練習しなければ、望む音は出せないのではないか?と今は思うから。

普段の練習をしながら、「ただ弾く」境地に行かれるのかな?
誰かの前でそうやって弾きたいなら、その練習も必要なのかな…?

また、ぐるぐるモードになっているのかもしれませんね。
でも、大事なことなのです。
きっと、うまく両立して進んでいけるとも思っています。

以前やっていたフリースタイルでユーモレスクを弾くのは、今はやっていません。
「こんな気持ちで弾きたい」という衝動のようなものは、
普段の練習でも少し解消できているような気配もあるんだよな。

先週は数日間ヴァイオリンを触りませんでした。
仕事や体調や気持ちの問題(笑)などあって。
どんな理由であれ練習しなかったことには変わりないのだ、と
自分につれない言葉を掛けていじめるのは得意だけれど、
また練習できるようになっているのだからそれでいい、と思っています。



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