出てくる音を評価しない

 2016-06-22
先日の事情聴取(笑)の時、
ヴァイオリンの何が好きなのか?というようなこと聞かれ、
(具体的にどう聞かれたかは忘れました、笑)
「出てくる音を評価しないで、音楽とヴァイオリンと一緒になって弾いているのが幸せ」
と答えていました。

普段練習をしながら、自分が出した音について、
音程が合っていないとか、響かせられていないとか、弓が良くないとか…
常にダメだしを続けています。

先日のレッスンでも、自分の音を客観的に聴きながら弾くと教わりました。
「客観的に聴く」とは、聴いた音と望む音の違いに気づき修正していくということ。

きっと上手くなっていけばいくほど、自分へのダメだしの精度は上がっていくのでしょう。
あのハイフェッツでさえ、演奏が終わってから
「ここが良くなかった、上手くできなかった」と言っていたそうです。

そういうどこまで行っても終わりのない道を、わたしは進んで行きたいのか?
本当はそうじゃなくて、どんな演奏でも「それでいいんだ」と思って、
というか、それさえも考えないで、ただ弾きたいのだと思う。

自分の音を評価しながら弾くことを否定しているのではないのです。
「ただ弾いた」時にわたしの望むような音が聴く人に届いたら良いな~とは思うのです。
評価せずに弾くことができたら、自分ではそうなのかどうか分からないのだと思うけれど、
評価しながら練習しなければ、望む音は出せないのではないか?と今は思うから。

普段の練習をしながら、「ただ弾く」境地に行かれるのかな?
誰かの前でそうやって弾きたいなら、その練習も必要なのかな…?

また、ぐるぐるモードになっているのかもしれませんね。
でも、大事なことなのです。
きっと、うまく両立して進んでいけるとも思っています。

以前やっていたフリースタイルでユーモレスクを弾くのは、今はやっていません。
「こんな気持ちで弾きたい」という衝動のようなものは、
普段の練習でも少し解消できているような気配もあるんだよな。

先週は数日間ヴァイオリンを触りませんでした。
仕事や体調や気持ちの問題(笑)などあって。
どんな理由であれ練習しなかったことには変わりないのだ、と
自分につれない言葉を掛けていじめるのは得意だけれど、
また練習できるようになっているのだからそれでいい、と思っています。



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