新たな約束

 2015-10-16
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。

先生に先日の会のご報告をしました。
自分が弾いている時にどんな感じだったか、録音を聴いてどう思ったか、
来ていただいた方などから頂いた感想などなど…。

終わって「良かった」と思える会になったことはとても嬉しいけれど、
わたしのヴァイオリンの出来不出来に関わらず…というところについて、先生とお話しました。

わたし自身は少しでも思うように弾けるようになりたい…と思って練習をしているけれど、
それが聴く人には関係無いことだとしたら、何のために?
またもや、わたしがヴァイオリンを弾く意味はなんなのだろう…という問いに戻りました。

たどたどしい演奏だから身近に感じて共感してもらえるのだとしたら、
もっと上手になったら、どうなるのだろう?
今はまだできなくても、そうなりたいと思っています。

わたしはまたしても、もの分かりの良い人になろうとしていました。
自分の演奏が上手くてもそうでなくても、聴いてくれる人は喜んでくれる。
それは本当はわたしにとっては残念なことなのだ…。

あ~あ…、なんというか、アマノジャクというか…。
でも、最初から諦められている(もちろん今の時点では当然だけど)のは、悲しいことだから。
心の奥の方で引っかかっていたことが、先生とお話していたら明らかになりました。
上手く弾けてもそうでなくても、聴いてくれる人には関係無いというのは、
先生も複雑な気持ちになることです。

自分の満足は最大級に大切なことだけれど、上手くなりたいのは自己満足のためだけでなく、
思うように弾けるようになることで、聴いてくれる人にも何かを伝えられるようになりたい。

何がどう上手くなったらそれができるようになるのか?
どんな演奏をしたいのか?それで何を感じてもらいたいのか?
それが分からなければ、先生も何を解決したら良いのか分からない。

先生が、わたしがやりたいことの方向性を分かった上で、
そのために必要なことを教えていきたいと考えて下さっていることが、良く分かりました。

今まではヴァイオリンを弾く上での技術や知識を色々な面から教えてもらって、
大変だったカイザーが「果たして自分がやりたい音楽に結びつくのか?」と感じながらも
何が必要なのかが分からない自分は、ただ頑張ってやるべき課題を進めて来ました。
(今では、それが結びつくことだと分かりました。)

与えられた課題をこなすだけで精一杯だったので、
自分がヴァイオリンで何がしたいのか・何を目指せば良いのかは、
先生にご相談することではなく、
自分ひとりで考えて進めていかなければならないことなのだと思ってきました。

でも、そうではありませんでした。
「ん~、結論はすぐ出るものではないし、長い時間を掛けて考えることにはなりそうです…(^^)」
「これからもよろしくお願いします。」
何というのか、先生と新たな約束を交わしたような気持ちになりました。

クロイツェル17番と3番が終わり、
次回は引き続き「2つのヴァイオリンのための協奏曲3楽章」とクロイツェル18番、4番です。





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コメント
みほさん、こんばんは!
わたしの先生の教則本は鈴木メソッドなのですが、カイザーとかクロイツェルとか、カタカナ系(外国)の教則本ってむずかしそうですね。
弦楽器フェア行けそうになりました。かなり楽しみです。
【2015/10/18 23:00】 | mylifewithviolin #- | [edit]
mylifewithviolin さん♪

弦楽器フェア行かれそうですか、良かったです!

わたしも鈴木の教本3巻まではやりました。
その後はカタカナの本へ(笑)
でも、たぶんわたしにはどれも難しいのではないかなぁ~と思います(^^)

【2015/10/19 18:03】 | ささきみほ #- | [edit]












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