何でその曲を練習するの?

 2015-06-07
バッハの無伴奏ソナタ1のアダージョ、やってもやってもうまくいかない…。
やればやるほど下手になってきてるのでは?と思う。

先生にそうお話したら、
「はい、それで正常です。
バッハの曲はちゃんと弾けないと全く曲に相手にされていない感じになるんです。(^^; 」

「それができたとしても、弾いている本人にはその実感が無い、
達成感や充実感のようなものは無いです(^^; 」

「ギドン・クレーメルでも「もぉー!」って怒っていたりします。
世界中の人がそう思っているのだと思います(^^; 」

好きな曲ではあるけれど、そんな曲をわたしが練習しても弾ける訳がないよなぁ…。
そう言葉に出さなくても、きっと顔にそう書いてあったに違いない…。

「一度、二度は弾くべき曲であるし、大人の場合、「ちゃんと弾く」という重要性を知って欲しいんです。
そういう意味でも、なるべく早い段階で無伴奏はやっておいた方がいいと思います(^^)」

どこまでいっても終わりのないようなこの曲を、いったいわたしはどうすれば良いのでしょう…?
「まずはまっすぐにちゃんと音が出ること。リズム通り、音のかたち通りになるように(^^)」
「それが大変だということはわたしも良く分かっています(^^)」

「こういう曲は弾く側が楽しいようにはできていないんだと思います(^^)」
「弾く側がヴァイオリンを弾いていて楽しいと思ううちは、まだまだなのだなと思います。
その先に行くと「音楽ができる」ということになるのかなぁと思います(^^)」

んん…。んん…。
達成感も得られず、楽しくもなく、やってもやってもうまくいかないこの曲を、
わたしは毎日毎日練習している。
わたしはヴァイオリンを弾くことで何がしたいのだろう…?
一瞬、なにかの選択を迫られているような気持ちになりました。

ヴァイオリンは自分の楽しみ・幸せのために弾いている。
じゃあ、ヴァイオリンで何をしたら楽しくて幸せを感じるのだろう…?
バッハの無伴奏を練習していたら、わたしは楽しくて幸せなのだろうか?

もっとシンプルに考えたら、
わたしはただやりたいからヴァイオリンを弾いているだけだった。
楽しい時も幸せを感じる時もあるけれど、
そうでなくても、ただ「やりたい」という気持ちが出てくることもあるんだ。

この前のレッスンが終わってから、
何だか分からないけれど、この曲の練習を「やりたい」と思う気持ちが増えました。
何のためとか、誰のためとか、楽しいからとか、できないことが悔しいからとか、そういうことと関係なく、
ただやりたいと思う。

何がどうなっているのか、どしてこうなったのか、良く分からないけれど、
きっとこれでいいのだと思います。



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