能を観て文化について考えた

 2015-05-18
先日、友人のお誘いで国立能楽堂の定例公演に行きました。
演目は狂言「仁王」、能「杜若」の2本です。

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狂言も歌舞伎も観たことがあるけれど、正式なお能を観るのは実は初めてです。
前もって予習をしていかないと…と思ってにわか勉強をしたけれど、
「杜若」は伊勢物語がベースになっていて、奥が深い…。

客席には外国人のお客さまもかなりいました。
その人たちにはどんなふうに見えるのだろう?

わたしはだだ日本人だというだけで、そういえば能も初めてだし、
茶道、華道は知らないし、着物のことも分からず着ることもできません。
それぞれに、「なんとなくこんな感じ」というイメージしか持っていなくて、
能といえば、大河ドラマの中で見た、「本能寺の変」の炎の中、信長が舞う姿を思い出すくらい。(笑)

着物がしまってある箪笥を開けた時の匂いや、茶室がなんとなく薄暗いことは知っています。
詳しくは知らないけれど、気配?のようなものは何だか知っている。
わたしだけでなく、他の人でもそういうことがあると思います。
こんなことをもしかしたら「文化」っていうのかもしれないな、と思いました。違うかな?

共通の「ああ、なんだかそうだよね。」というような感覚。
詳しくは知らないけれど、経験から自然と分かっているような共通の認識。
この前、母の娘だと感じた出来事も、狭い意味では「我が家の文化」とも言えるよなぁ…。

わたしはバレエとか、ヴァイオリンとか、これまで西洋文化にばかり関わって来て、
日本人としてはちょっと劣等感を感じることが多くあります。
でも、わたしがお能に詳しくないのと同じように、
フランスやロシアの一般の人が、バレエについて何でも詳しく知っているとは思えません。

詳しく知らなくても、歴史・生活・宗教などのベースがバレエにも通じる部分があって、
それがないわたしたちは、同じ事をしてもちょっと違っているのでは?と思います。

お能は抑えた表現。奇をてらうこともなく粛々と物語が進んでいきます。
能楽堂は素明かりのまま、特別な演出もありません。
究極的…というのかな。
初めてでは分からないことも多く少し忍耐はいりますが、美しいものなのだなぁと感じました。



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