音楽そのものになりたい

 2015-04-13
「それでわたしはどうしたいの?」と、横浜美術館で「渦まく光」を見てから考えていました。
そして思ったのは、「わたしは音楽を表現するというよりも、音楽そのものになりたい。」

そうしたら偶然その言葉を他の人の口から聞くことになりました。
「NHKバレエの饗宴」を見ていたら、
Noism1の新作『supernova』で主演の井関さんが、インタビューの中でそう言っていました。

『supernova』 は、黛敏郎作曲の〈G線上のアリア〉に振付けられた作品で、
井関さんは渡辺玲子さんが弾くヴァイオリンの音を表現していて、
「わたしは音楽そのものになりたい。」と。

テレビでしか観ていないけれど、心に強く響く作品でした。
「渦まく光」を見て感じたこと、考えていたことを
そのまま舞台作品として見せてもらうことができました。

そうなんだよ、こういうことなんだよ。

踊る人自身の表現がどうだとか、お客さんにどうアピールするかということではなく、
身体の動きとそれを包む空間が音楽と共にそこにある。
客席にいたならば、踊り手と指揮者と演奏者の息遣いだけでなく、
見る側がある瞬間に受ける衝撃が響き合う、というのもあったに違いない。
そう思うくらい、テレビ画面の前のわたしも感じるものがありました。

作曲者の黛さんのものか、作品をつくった金森さんのものか、区別ができいないような何かを
多くの人が共有したのではないかと思いました。

舞台の裏でそれに関わった人達は(その中にボスもいますが)、
作品の意図を実現する空間をそれぞれの持ち場で創り出して、
ああ、それも重要な要素の一部分なのだと、今更ながら感じました。

この作品はきっと今後もどこかで再演されることと思います。
その時は、客席でわたしもその空間の一部になってみたい。

自分が問い続けていることには、ちゃんと答えが返ってくるものなのだな。
自分がどうありたいのか、何をしたいのか、今時点での答えが見つかったように思います。

実際になにをどうしたら良いのかは、まだ良く分からないけれど。



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