わたしのアーチェリーは瞑想と同じ

 2013-08-05
この週末は劇場には行かなかったので、久しぶりにアーチェリーができました!

今月はこれを逃すともうできないから、手の様子がおかしいと言いながら…、
でも、どのくらいおかしいのか試してみないとわからないし。

月例会という月に1度の記録会で、他のクラブとの交流会を兼ねた試合形式。
先月のフィールド以来、全く何もしていないのでどうかと思ったけれど、
これが、意外と大丈夫です。
的だけを見て、心配せずに慢心せずに、なんにも考えないでただ射つ。
わたしはそれができていれば、かなり調子よく射てます。

余計なことを考えずに頭をカラッポにして射っていると、頭の中にカイザー23番が流れてきました。
集中してくるといつも、アーチェリーとは全然関係ないヴァイオリンの曲が聞こえてきます。
それも考えているのではなく勝手に流れてくるので、そのまま放置。
BGMにしたままただ的に向かって、それ以外のことに取り合わない。自我先生も好きにさせておく。

集中しているといっても、意識はとても広がっていて、後ろで話している声も聞こえるし、
一連の動作をしながら、いくつものチェックポイントの確認もしています。
でもそれと平行して、とっても澄んだ静かな場所を保っています。

わたしが的に向かって弓を引くときは、瞑想状態と同じなんじゃないかな、と思います。
瞑想苦手だし、好きじゃないので実際どんな感じか良くわからないけれど。
じっと座って目を閉じているよりも、
アーチェリーしながらや、歩きながら、掃除しながらの方が、わたしは瞑想状態になれます。

調子が…と思っていたけれど、それとは裏腹に良い結果でした。
わたしはどうやら練習してもしなくても、結果にあまり差がないみたい。
「余計なことをしなければ矢は真ん中に当たるもの。そうならないのは自分が余計なことをしているから。」
いつからか、そう思うようになりました。
こう思えるまでにはそれなりの練習はしたけれど、他の人よりも沢山したというわけではありません。

ヴァイオリンの名手クライスラーはあまり練習をしなかったとか?
そういうこともあるのかもしれないな…と思います。
自分がヴァイオリンでそうなることは想像できないし、
わたしのアーチェリーがクライスラーレベル(?)ほど上手だとは思わないけれど。




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