愛される資格はない

 2013-04-08
少し前の話しです。
誰かに何か言われた訳でもなく、重大な出来事があった訳でもないのに、
「わたしには愛される資格なんかないんだ…」と思ったのです。

気まぐれだし、わがままで自分勝手だし、ほとんど自分のことしか考えてなくて、
誰かのために尽くすとか得意じゃないし、めんどくさがりだし…。
こんなわたしなんか、誰かに愛される資格なんかないんだ…。

愛されたい…と思っている特定の誰かがいるならともかく、そうじゃないし、
後から書くと、とても滑稽なのだけど、自我モードになっている渦中のわたしは気が付きません。

「わたしが何もしてあげなくても、わたしのこと大切に思って欲しい…」
でもそんな都合の良いこと、この世の中にあるはず無いと思ったわたしは、
そんなことしてくれるのは、もう神さましかいない…と思って、
「神さまがわたしのこと愛してくれるなら、毎日それをわたしに伝えて!」とダダをこねてみた。

次の日になるとケロっとしているのはいつものこと。
たまたま時間つぶしにと、何の本かも確かめずに持って出かけたのは…『神の使者』でした。
図書館で借りて読んだ印象が強くて、後から文庫本を買ったのを忘れていました。
「あ、お返事来た…」、そう思いました。

「わたしはすべての者に、つねに語りかけている。
 問題は、誰に語りかけるかではなく、誰が聞こうとするか、ではないか?」

これを読んだだけで充分でした。
そうだった、わたしは神さまに愛されているんだった。
いろいろなかたちでそれを示してくれているのに、気付こうとしていないのはわたしのほう。
咲き始めた桜を見ながら、そう思いました。この桜だって愛の表れ…って。

愛されるための資格なんてないのに、忘れていました。
なんにもしてあげなくても、何かを上手にできなくても、
わたしはわたしでいるだけで、無条件に愛されるんだった。
わたしだけじゃなく、誰もがみんなそうなんだった。すぐに忘れるけれど…。

で、毎日誰かに愛しているとか大切に思っているとか言われたら、
きっと鬱陶しくなっちゃいそうだ…と反省しました。ゴメンナサイ。



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