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のんびりした午後を過ごしています

 2018-10-29
ぼけーっと午後の良い天気の窓際の机のパソコンに向かっています。

午前中に事務的なことを片付けて、夕方仕事に出かける前に何かご飯作って行きたいなぁ~と思いながら、友達に貰った美味しいお茶を入れて飲んでいます。机の上の時計の横のアングリーバードに「そんなに怒んなくってもいいのに」と思って良く見たら可愛い顔してるなとか、久しぶりにいつも開けない方の窓を開けたら、遠くに中央線や総武線の電車が銀色に光って行き交うのが見えたり、平和です(^^)。

放送大学の教科書や、バレエやヴァイオリンやその他の本が積んであって、譜面台にはクロイツェルの38番が広げてある後ろに過去やった楽譜もいくつかそのままあり、仕事着の黒いズボンのすそ上げできていないものが畳んだままずーっとあったり、いろいろなものが混在していて、部屋の中は自分のそのままを現しているなぁ…と、改めて見回すと呆れます(笑)。

以前は自分はひとつのことをじっくりやる人と勘違いしていました。同時並行でいろいろなことに取り組むのが長いこと続いていて、どれもが順調に進んでるとは言えませんが、まあ、上手く進まないことも楽しみながらやる方向で(笑)。同時並行といってもその時にできることは一つだけ。それを切り替えながら進めるのが楽しいのかもしれません。

今の懸念事項は、相棒くん(ヴァイオリン)の調子がいまひとつなことかな。先日先生に見てもらって少し良くなった感じはありますが、妹ちゃん(もうひとつのヴァイオリン)に、夜消音機をつけて弾くと、消音機があるにも関わらず響く音がしてるように思えて、こんなはずでは…、と思うのです。相棒くんがもっともっと良い音になったら本当に嬉しいな…。


先日、旧古河庭園でたくさんバラを見てきたら、家のベランダのミニバラたちが可憐で可愛くてしかたないです。ただの親バカ(笑)。家でも秋のバラフェスティバル中で今までで一番花が咲いています。ありがとね。


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点検後の相棒くんを先生にみてもらう

 2018-10-26
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。
点検に出した相棒くんは音は大きくなって安心感は出たけれど違和感を感じる部分があり、前の晩、自分で少し調整しようとしたら少し駒が動いて微妙な加減になっていました。

早速先生にお話ししたところ、いつものように良く音が出るように駒の位置を丹念に直してくださいました。楽器屋さんでこのようにしてくれれば良いのに…と思いながら、でも他の部分は良くなる方向に調整してくれたのだと思いたいところです。音が苦労なく響くようになると弾くわたしの身体からも余計な力が抜けて楽になります。いつもこの感じでいたいなぁ。

先生の楽器も調整から帰ってきて良い音になったとのこと。ツィゴイネルワイゼンの一部をお手本で弾いてくれた時、これまでとは違う音でした!上手く言葉にできません。へんな言葉で表現したくない、そんな音です。表面的でない、心の奥の方にズッ…と入ってくるような音です。

自分でそういう音が出せると思わないけれど、録音を聴いたらそのあと自分で弾いている音が少しそれに似ています。これは後からこうして聴いても真似できなくて、その場であのヴァイオリンから発せられる音を身体で感じた時にだけできるみたい。録音された音はそれを思い出すための助けにはなりますけど。

2巡目クロイツェル37番は大柄な音で弾こうと思ったら張り切りすぎて弓が「カシュ、コショ」と雑音が多くなっていましたが、次回は38番へ。ツィゴイネルワイゼンはなかなか思うように弾けていませんが、好きなフレーズの部分は「何をやろうとしているか分かります(^^)」と言ってもらえました。嬉しいです…。他の部分はやはり未だに自分が言いたいことを自分の言葉にできていない(←変な表現ですが本当にそう思う…)ということなのだろうな。書かれている言葉をつっかえつっかえ棒読みしているような感じかも。


レッスンが終わり、スッキリした気持ちで近くの旧古河庭園に寄りました。バラフェスティバルの期間は終わっていますがまだまだ綺麗な花も、これから咲くつぼみもありました。


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楽器の点検と弓の毛替え

 2018-10-24
前回の更新から少し間があきました。反省しないと決めたら書くことが無くなったというのではありません(笑)。今月は中旬にきゅっと予定が詰まっていて。

そんな中、ヴァイオリンの定期点検と弓の毛替えに行きました。半年に一度の予定がこちらも少し間があいてしまっていました。「何か気になることはありますか?」と聞かれ、「G線側の駒の脚が動きやすいのと、最初はもう少し良い音がしていたような気がします。」と話したら、いつもより良く見てもらえたようで、相棒くんは少し元気になって帰ってきました。

駒の振動が楽器によく伝わっているような気がする。前より少しどっしりとした感じ?安定感というか安心感があります。相棒くんとわたし、不安定なのはお互いさま(笑)と思っていたけれど、本当はこっちのどっしりした感じなはず。弓もとても使いやすくなったような気がする。いや、気のせいではありません。

先生がよく「もっと楽器と弓を信じて大丈夫です(^^)」と言います。自分では信じていないつもりは全くないのですが、これからはもっともっと安心して相棒くんを信じてやっていきたいと思います。

楽器が元気になったら自分の方も何とかしなくては。相棒くんに良い音を出してもらうには、弾力のあるパンと張った風船のようなわたしが理想ですが、どうもショボショボして空気が抜けてる感じです。反省しないつもりが、先日の仕事が終わってから数日間、「あ~」とか「う~」とか、誰にも何も言われていないのにひとりで脳内反省会をやってしまいました。

このところ首から背中がガチガチで苦しかったので、今日は練習の前に、先日ゲットした「やわこ」というストレッチボールで首、肩、背中をほぐしました。「やわこ」、わたしにはすごーくいいです!背中が軽くなった!楽器屋さんの帰りにたまたま見つけて買いましたが、アマゾンにもあるようです。


この前の週末の仕事は長野の岡谷でした。ホテルの朝ごはん会場から諏訪湖が見えました。空気がきれいで、朝晩はとっても寒かった!


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できなかったことを数えない

 2018-10-11
今日はヴァイオリンのレッスンでした。いつもの曜日のいつもの時間、通常の2週間間隔でのレッスンです。

どんな時でも充分な練習ができました!と思ってレッスンへ向かうことはないし、終わってからも、もっと練習すれば良かった、あそこがダメだったなど、できなかったことに気が向きます。

「反省だけならサルでもできる」
「できなかったことを数えることがキミを停滞させるんだ」

ということで…、
これからは心の中でもここでも、反省会はやめます。(なるべく…です)

自分は普段は特段暗い人ではないはずが、ヴァイオリンについては悲観的で心配性だと、思いたくないけれど認めます。舞台の仕事も若干そうだけど、劇場に入る前夜と終わってからの一人で家にいる時だけで、現場ではまったくさっぱりとしています。


2巡目クロイツェル36番は、先回の35番よりは少し良かったし、ツィゴイネルワイゼンの中で、家で練習してもなかなか上手くできなかった部分が、先生に言われた通りにしたら一瞬思うような音に近い音が出ました。

レッスンはできないこともできたこともあって、普段のように終わりましたが、自分の表現ツールはヴァイオリン…と書いたそばから、現実に引き戻されて、それは自分の勘違いだったか…?と、珍しく帰りの足取りも重く、というか現実に足が重く感じて、ただ単に疲れているのかもしれません(笑)。気持ちも身体も密度がいつもの半分くらいの感じ(←イメージです)。


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先生のところへ行く途中に咲いていました。ちょっとピンボケだけどかわいいね。



改めて、自分の個性を受け入れる

 2018-10-09
絵画や彫刻や舞台作品などを見ると「そしてわたしはどうするの?」という思いがこころにやってくるのは、わたしは表現する側だという認識があるからなのだということに改めて気が付きました。

自分の表現ツールは何なのか。40歳過ぎて始めたヴァイオリン以外に、もっと上手くできることが他にあるのではないか。最近ヴァイオリンをどうやって表現することと結びつけて良いかわからなくなって、他に思いつくことを見に行ったり考えたりしてみましたが、やはり、どうしたって、ヴァイオリンなのです。バレエの代わりにヴァイオリンを、と思ったわたしは本当に正しくて、それを疑うわたしの方がおかしかった。

バレエを踊るのとヴァイオリンを弾くことのオオモトにあるものは、自分にとっては同じものです。他の人に理解できなくてもわたしにはそうです。それは小さい子どもの頃から感じていて、今もずーっと持っていて、何かを通して表したいと思うもの。これまで何度か中断したけれど、今もあまり上手くいっていないように感じているけれど、手段をヴァイオリン以外に探してでもそれをやらなくては…と思うくらい、あきらめ悪く持続する、何かです。

ツッコミどころのないそつない演奏ができるようにはならないかもしれません。平均的に全体的に良く…というのは無理かな。あちこち難ありでツッコミどころはあっても、それを忘れさせる何かがあるような音楽ができるようになりたい。

上手くいっていないと思うのは、気持ちと身体に不自由を感じているのと、上手くいっていないことに目が向ているからで、現実には少しずつ良くはなっている。わたしのやりたい音楽は、従来の下から着実に積み上げていく方法だけでは辿り着かないものかもしれなくて、飛躍した場所から足りないものを補うために降りてくるような方法が必要です。

ヴァイオリンの先生は、今まで、そのどちらからもアプローチしてくれていました。「できない自分」という意識が染み付いていて、辿り着きたい場所からのアプローチをしてくださっても、わたしの側が無意識のうちに受け取り拒否していたかもしれないと気が付きました。ツィゴイネルワイゼンを長い間やっているのは自分にとって大きな意味のあることだから、なのですよね。

そう言いながら今日はヴァイオリンの練習ができていない。眠たい時間に消音機をつけて弾くよりも、今日これを書くことの方が数段大切だと思って、記しています。半分言い訳なのは分かっているけれど。明日からはこれまでよりももっと楽に上手くいく気がしています。


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