プライベートな素のわたし

 2018-06-11
わたしは大抵、いつでも誰といても「○○なわたし」として振舞っていて、それはたぶん、自分が「こういう人でありたい」ということの現れなんだろうと思います。その意識が強いので、そうでない時は滅多にありません。一緒に居る人のことを全然考えられなくなっている余裕のない時とか、頭がカラッポになっている時だけ、本当に素のわたしになってしまうらしい。それはとってもプライベートな姿です。

この前の入院中のリハビリの、かなり年下の女性の先生の目に映ったわたしの姿は、普段の自分とは全然違ったみたい。わたしとしてはとっても真面目にやっているつもりなのだけど、肩を動かす怖さと葛藤する姿がとても頼りなさそうで愛らしく見えたようです。普段そういうキャラではないのでとてもビックリ!意外でした。その先生にはその後もずーっと、わたしがそういう人に見えたままだったようです。

別の日には、シャワーの後でナースステーションにドライヤーを借りに行ったら、看護師さんに「可愛い♪」と言われて、自分では何も考えず油断しまくっていた時だったのでまたビックリしました。

え~、何だか調子狂っちゃいます。自分のことを愛らしいとか可愛いと言いたいのではないのです。普段の、ちゃんとした大人の人でいようとしている時よりも、たまたま現れてしまった素のわたしの方が愛らしい人間に見えるというのが、不思議で予想外だったのです。

今までいつも「大人なわたし」とか「きちんとした人」でいることが良いと思ってそうしていたけれど、そうでない自分でも受け入れられる。もっと素のままの自分でいても良いのかもしれないな。ピンチの時だけでなく、そういう姿でいる方が余計な力が抜けて楽なはず。

「誰かとの間で期待されるようなわたし」としてではなく、「自分自身に期待されるようなわたし」としてでもなく、ただこのままでいる「プライベートな素のわたし」の範囲を少しずつ広げていこうと思います。



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