役割の顔ではなく

 2017-07-04
先週から昨日まで、筋力低下の治療のために通院しながら週末は舞台の仕事にも行っていました。思い通りに働けないことに加え、治療中は体調が悪くなることがあるのをすっかり忘れていて、自分のことを過信していたのを思い知ることとなりました…。「神さま、お願いです!今日をなんとかやり過ごさせてください!」仕事の現場でそんなお願いばかりしています。おかけさまで、なんとかやり過ごすことはできました。

神経内科の新しい主治医先生は、第一印象とは違って、とても人間味のある人だと分りました。わたしの第一印象ってあまり当てにならないかな?整形外科の肩の先生の方が超冷静な感じですが、この前、優しい一面を見せてくださいました。

社会的な役割の顔でいることが、どんな職業でも大切だし安心感を与えるものです。それを否定はしませんが(研修医先生が針刺しに来ると不安になるし…)、役割の顔からその人の個人としての姿が表れるのを見るとホッとします。

わたし自身はどうだろう?社会的な役割の顔でいることはほんのたまにしかないけれど、わたしが決めた「わたし」という役割の顔をしているのかもしれません。そんなふうに決めないでいつもそのままのわたしで居たいなぁと思います。

病院にいる時は「ここでは何も頑張らなくていいんだなぁ…。」と楽な気持ちになっているのを感じました。具合悪くて当たり前、できないことはお願いして手伝ってもらいます。ああ、でもね、いつでも何処でもそんなに頑張らなくても良いし、できないことはお願いして手伝ってもらえば良いのですね。安心できる場所を自分でつくろうとしていないだけなのだな。



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