振り返るのは苦手です(笑)

 2015-12-31
今年も今日で終わりです。

いろいろ振り返ろうと思っていましたが、
家の給湯器が故障してお湯なし&お風呂なし生活になって、おたおたしていました。

わたしにとっては、過ぎたことはどんどん新鮮さを失っていくのですが、
今年はお金磨きとお金の話、朗読とヴァイオリンの会など、
思いついたことを実際にやってみるという体験が出来ました。
とりわけ、教会でイエスさまのために演奏するという体験は、特別な出来事になりました。

今年の前半は良く働いて、かなりイヤになって足を洗おうかと思ったり(笑)、
後半はクレーメルやパールマンの演奏会に行って、
自分も人さまの前で演奏する機会に恵まれました。

今年は何があったっけ?と思いながら、先のことばかり思いつくので困ります。
今年もいつものように、のんびりしたり、急に忙しかったり、という過ごし方の毎日でした。
それが好きでやっています。


給湯器が壊れている間、日替わりで3つのお風呂屋さんに行きました。

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ピンチはチャンスへ。転んでもただでは起きません。
おかげさまで大晦日なのに今日給湯器交換の工事をしてもらえました。
今日はゆっくり家のお風呂に入ります。

好き勝手なことを書いているここに訪れて下さる方がいるのを、いつも嬉しく思っています。
今年もありがとうございました。
どうぞ良い年をお迎えください!



2つのヴァイオリンのための協奏曲3楽章・最終回

 2015-12-25
昨日は今年最後のヴァイオリンのレッスンでした。
仕事が続いて4日間ヴァイオリンを弾かず、レッスンの前日と当日に追い込みをする羽目に。

予定は分かっていたことなので、それまでにも自分なりに頑張ったつもりだけれど、
先生と仕上げ演奏をする予定の3楽章が自分なりに納得できる程度には弾きたい…。
ゆっくりではなく、それなりの速さで先生となるべく対等な感じに弾けたらいいな、と、
かなり目標設定が高くなっています。

先生と2回合わせました。
ヴィブラートの練習の前に先生の楽器を手渡され、
憧れのヴァイオリンで先生と合奏できることはとっても嬉しい!
けれど、いつも弾いている相棒くんとは感覚が違うので、もともと無い余裕がさらに無くなっていきます…。

1回目は何度も止まってしまい…、最近こんなことは無かったのでへこみます。
緊張しているのか、練習できないとすぐに弾けなくなるのか…?あらあら、悲観的(笑)。
2回目はどうにか止まらずに最後まで完走できました。
本当にそういう表現がピッタリなくらい体育会系な感じがします。

先回残念な音だった重音が続く部分では、少しは自分の音も出ているのが分かりました。
家では「うるさい」と苦情が来たらどうしよう…、と思うくらいの音量だったけれど、
先生と合わせるとその程度なのだなぁ…。

音が外れたり、指が回らなかったりがたくさんありますが、
呼吸だけは合っていたのではないかと思います。
だんだんテンポが上がっていって、それが大変だけれど面白くもあり、
後半ようやく調子が出てきたけれど、最後には疲れて指が回らなくなりました。

先生にお断りして録音を使わせていただきました。
また公開なんかして、「あ~」とか「う~」とか落ち込みそうですが、
自分が充分に弾けていないことは良く承知しています。
それなのに聴くたびに嬉しい気持になっちゃいます。先生との合奏は大好きです。





曲の部分を抜き出しただけで、リバーブなどの処理はしていません。
そのまんまで、楽譜めくる音まで聴こえます。

レッスンで最初の合奏はカノンでした。あれからもう4年経ちます。
自分は進歩しているのだろうか…?といつも思います。

今年のレッスンを振り返るのは改めてしたいと思いますが、
今年は予定していたレッスンを休まず通えました。
「体調はいかがですか?(^^)」と尋ねられ、安定してきているとお返事できたことも嬉しいです。

マイペースではあるけれど、わたしなりに良くやって来たのだと、たまには褒めてあげても良いかな。



パートナーは誰なのか?

 2015-12-18
この前、相棒くんからの話について書いた自分の記事を、改めて読み返しました。

「本当の幸せはとは?本当のパートナーは誰なのか?」という言葉に、
その時のわたしは、「本当のパートナーは神さまなんだけどな。」と書いていました。

わたしのパートナーは相棒のヴァイオリンだと思ったり、神さまだと思ったりでしたが、
約1年経って、本当のパートナーは自分自身なのだと今は思います。

あることがキッカケで、
「自分を大切に、他の人に接するのと同じように扱う」という練習を数ヶ月前からしています。
始めてみたら、今までわたしは大切に扱うどころか、
シンデレラに対する継母並みの対応たったと気が付きました。

疲れていても「もっとやれ!」、寒くても「我慢しろ!」という調子で、
「そうだね、お疲れさま。」とか「暖かくしてね。」とか、
他の人に普通に言う言葉を自分に掛けたことはほとんどないのです。

その無意識の反応に気がついて、ビックリしたと同時に可笑しくなりました。
まったくね~。可笑しいを通り越して呆れました。
「自分を大切にする」ということを分かっていたつもりで、実は全然でした。

もの心ついてからずーっと、この自分から離れたことはありません。
なんだか今までゴメンネ、という気持ちになりました。

ちょっとした小さな自分の願いを叶えてあげる。
食べたいなと思いついたものを忘れてしまわないで食べてみる。
欲しいと思っていながら後回しになっていたものを買ってあげる。

「頑張っているね。良くやっているね。」と自分を労う。
やりたくなくてもやらなければならないことは「そうだね、でも頑張ってやろうよ。」と励ます。
自分が心地良く過ごせる環境を整える。身ぎれいにしてあげる。
今までサボっていたこともあって、けっこうやることがあって大変…。(笑)

「パートナー」というのを考えた時に、
わたしが落ち込んだ時に話を聞いてくれて、わたしの妄想を支持してくれて、
服を買った時に「ねえ、見て見て」と言える人が側にいてくれたら嬉しいな…と思ったりもしました。

でも、気まぐれで好き勝手で自由が好きなわたしは、
わたし自身と仲良くやっていくことが最良なのかもしれないなと思います。
どんなときでも見捨てないで、辛抱強くなだめすかして、励まして。

誰かがいつも側にいてわたしに目を向けてくれていたら、きっと不自由に感じてしまうと思います。
わたしの都合の良いときにだけ誰かが登場してくれたら嬉しいけど。



妄想世界で弾いています

 2015-12-17
先日、練習の録音をyoutubeにしたら、これまでよりも客観的に聴けるようになって、
またもや「あ~」とか「う~」とか落ち込んでいました。

頭の中での妄想と、実際に自分ができることがあまりにもかけ離れている。
色んなことを分かっているようなことを言っても、ただ「思うだけの人」なんだな…。ガックリ…。
いつもはそれでもしばらく放っておけば直るのだけど、それがなかなか…。

昨夜、先日の会の写真が届きました。
見ていたら、とても緊張していたことやそれでも幸せな気持になったことを思い出しました。
上手く弾けないところはあっても、あの日、あそこであの曲を弾けることはとっても嬉しかったのです。

自分じゃないような、良い写真がいくつかありました。

アンサンブル初心者合奏会♪第三回発表会151206_241 (調子に乗って出してます、笑)


人さまの前で演奏するのに、こんな顔して弾いてたなんて思いませんでした。
緊張していたし、指の位置を見ると曲の後半で、弓が震えていた箇所です。

自分のことながら、すごく幸せそうに平和そうに見えます。
(実際は弾きながら色々なことが頭を駆け巡っているけど…笑)

ヴァイオリンを始めた頃「演奏家さんのような美しく正しい演奏がしたい」と思う一方で、
「ナリフリ構わず、どんな音が出てもお構いなしに、人さまの前で自分の世界に没頭して弾く人になりたい」
という、少し変わった望みを持っていました。

人にどう思われるか気になるわたしには、到底できない単なる憧れ…の願望でした。
でもこの写真を見ると、ちょっとそれっぽくない???

写真だけ見て音を聴かなければ、なんだか上手そうだし、
自分の世界に没頭しているように見えます!
わたしの願望、もしかして叶っていたかもしれません。

すっかり立ち直りました。(笑)
良くできたかもと思った練習の演奏でも、改めて聴くと未熟さにガックリはします。
でも本番で、妄想の世界の中で弾くことが少しでもできていたなら合格です。
(わたしの判定基準です、笑)

わたしの良いところは、イメージが膨らんで頭の中で妄想できること。
それを見た目で少し表現できたかもしれません。
あとはそれをヴァイオリンで音にすることです。

今では「自分の世界に没頭して美しい音で弾く」という目標になっています。
またハードル上がってる…。
でも、それができたら本当に幸せだろうな~。



相棒くん(ヴァイオリン)とつくった人の想い

 2015-12-14
今年の1月、相棒のヴァイオリンの言葉を伝えてもらいました。
(最近、こんな怪しげなことばっかり書いてるな…笑)
その時の話はこちら → 相棒くん(ヴァイオリン)の話を聞く その1  その2  その3

ヴァイオリンが話しをするなんて…と思うのが普通かもしれないけれど、
本当の真実というのはきっとどこにもなくて、その人にとっての真実というのがあるだけだと思っています。
わたしは相棒くんの言葉をわたしの真実に選んだだけなのですよ。

相棒くんはわたしと一緒に本当の平和を体験する!との固い決意を持っている。
大勢の人の心を言葉を越えた響きで癒すという思い、
ただ普通に毎日を終えるという幸せへの願いや、とてつもない祈りが込められている。

なんだかとても大きな話しで、その時の自分には書ききれなかったけれど、
こんな大切なことを言ってくれていました。

150年以上前に、そういう思いを込めてこのヴァイオリンをつくった人は、
きっと平和ではない日々を送っていたのだろうな…。
つくられた相棒くんのこれまでの歴史も幸せなものではなかったようでした。

平和への祈りを込めて相棒くんがつくられたのは、どこの国かハッキリ分からないけれど、
フランス、ドイツ、イタリアあたりのヨーロッパには違いないようです。
そのヴァイオリンが、教会でイエスさまに捧げる賛美歌を演奏するというのは、
相棒くんと彼をつくったヴァイオリン職人さんにとっても、意味のあることかもしれないと思っていました。

相棒くんをつくってくれた人に、少しお礼ができたように思います。
相棒くん自身も、こういうことができて嬉しかったに違いないと、勝手に思います。
この楽器がやるべきことを、少しはお手伝いできたのかな?
弾くのがわたしじゃちょと…ですが、誰かが弾かないと音が出ないからね。

教会での演奏の後、なんだか相棒くんの音が少し変わったような気がします。
レッスンの課題の練習の合間に、思いついたほかの曲を弾いてみると今までと違います。
ヴァイオリンの曲でもそうなるけれど、歌を弾くと良く分かる。
「こういうふうに歌いたい」と相棒くんが思うのかわたしが思うのか、何かが今までと違います。

相棒くんとわたし、前よりもちょっと息が合ってきたみたいです。

毎日、夜に練習を終えて相棒くんをケースにしまう時、
「また明日ね。」と、心の中で声を掛けます。わたしと彼の平和な一日の終わりです。



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