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宙玉(そらたま)写真

 2015-08-18
今日から息子は大学の部活の合宿へ。
(辞めようとしたら慰留され、結局続けています)

ということで、いつも以上にやりたい放題な夏休み気分になりました。

前からやってみたかった「宙玉写真」。
撮った写真を宙玉加工するiPhone アプリなどもあるようだけど、やっぱり自分でやってみたい。
こちらの記事を見た時からやろうと決めていたのです。
「宙玉レンズ」を作ってみよう
 http://dc.watch.impress.co.jp/docs/review/special/20100902_389833.html

家にあったビー玉とCDケースと、
わたしのデジカメは接写が苦手なので、以前お金磨きの動画撮影に使ったルーペを使ってみました。

IMG_4263 (1024x768)


IMG_4312 (1024x705)


普段は撮りたい!と思ったものを歩きながら足を止めずに撮ったりして、
気まぐれに「その時&その気持ち」で撮るので、写真は得意ではありません。
ピントが甘いのはご愛嬌ということで(笑)。

だいたい、ピントが合っているのかそうでないのかが良く分からず、
途中で「そうだ!」と気がついて、メガネをかけたのでした。

撮影に使ったのはこちらの小道具。

IMG_4316 (1024x768)

わたしのデジカメはCanon PowerShot A3400 IS で、2年位前に9000円弱で買いました。
たぶん、普通のデジカメ。(良く分からないけれど、笑)
そういうカメラで大丈夫なので、宙玉写真、誰でもできそうですよ。
興味のある方は試してみてください。

夏休みの自由研究、その①完了です!!
その②はあるのか?何をやろうかなぁ~。(笑)




久しぶりに練習しました。

 2015-08-17
今年の夏の忙しさがようやく山を越えました。今後はほぼ通常営業程度のスケジュールです。
夏もそろそろ終わりに近づいたのか、
ベランダではセミが仰向けに…(汗)、夕方には虫の声が聞こえてきました。

久しぶりにヴァイオリンの音を出してみると、
それまで毎日仕事で音楽や踊りに接しているせいか、いつもと少し違ったニュアンスの音がします。
「あれ?」と思うのは一瞬のことで、そのあとは良く分からなくなりますが、
いつものわたしのそっけない音ではなく、古いレコードで聞くような音に少しだけ似ていたかも。

とても古い雑音の多い音源の「金婚式」の踊りがあったからかな?
他の曲でもそうですが、気になった曲は誰が演奏している音なのだろう?と思います。

小道具のアップライトピアノがありました。
鍵盤もあるけれど、音は出ません。(オルガンのような鍵盤でした)
本物を改造したものではなく、作り物なので当然なのだけど。

楽器のかたちをしているものなのに、鍵盤を指で押しても音が出ない…。
その瞬間、なんとも寂しい気持ちがしました。
以前に、小道具のヴァイオリンを触った時にも同じような気持ちがしたのを思い出しました。

ヴァイオリンの練習ができることは嬉しいけれど、
できるようにしなければならないことが進んでいなくて、そこはちょっと苦しいですね。
カレンダーで次のレッスンまでに練習できる日を数えては、少しブルーに。

さて、ここでお知らせがあります。
10月3日(土)に、昨年計画して実現しなかったヴァイオリンと朗読の会をやります。
詳しくは来月になったら改めてお知らせいたしますが、とりあえず今は日にちだけでも。

と、そちらの準備も今はあまりできなくてちょっと焦っていますが…。
お知らせがてら相棒くんの写真をiPhoneで撮ったら、わりとハンサム(笑)に撮れました。


相棒くん



才能があってもなくても…

 2015-08-12
この前、「才能」について、
その人が持っているものを存分に出せる「何か」に出会えなければ
それは周りにも本人にも気付かれずに、埋もれたままになってしまうのかもしれない、と思ったのだけれど、
それについて、しばらく考えていました…。

「才能がある」かもしれないことを一生懸命にやったら、他の人よりも成果を得られやすい。
それが好きなことだったら、とても幸せなことです。

でも、あまり向いているように思えない(才能がないかもしれない)ことでも、
その人が好きでやりたいなら、周りからどう見えようとも、
それをやることが幸せなのかもしれないなぁ…と思いました。

ということは…、
才能があってもなくても、やりたいことをやるのが幸せ。 
という、わたしらしい結論に至りました。

テレビの高校野球をちらっと見ながら、
試合をすれば必ずどちらかのチームは敗退することになるけれど、
負けたチームが、それでも「自分たちの野球ができた」と思える試合になると良いな…と思いました。

負けても、自分たちの試合ができた。
才能がないかもしれないけれど、好きなことを続けられた。
それはある意味、幸せなことなのかもしれないなぁと思います。

才能があるかないかは、見る人が見ればすぐに分かることもあるかもしれないし、
かなり長い間やってみなければ分からないこともあります。
一方で、才能があるように思った人が、途中から伸び悩んでしまうこともよくあります。

わたしの中に眠っているヴァイオリンの才能が、あと何十年もしてから花開くかもしれません。
それまで続けていなかったら、その機会を逃してしまうことになるな。

今日と明日はお休みです。
まだ手付かずのクロイツェルを少しでも進めないとな…。



才能ってなんだろう…?

 2015-08-09
舞台の裏方の仕事は主に土日ですが、夏休みになると平日でも仕事があります。

レッスンへ行った翌日から2日働き、今日は谷間のお休み。
明日からはまた別の仕事で2日劇場へ。
仕事のあとは、まずは眠たい。それが解消されると、とてもお腹が空きます。
自分がとっても原始的な生き物になったような気がする。(笑)

昨日の本番の時、袖に戻ってきた小さい子(4~5歳くらいかな)が、
「(客席に)お友達、いた!」と先生に報告していました。
あはは…、小さい時のわたしみたい。(わたしは先生に報告しなかったけれど)

見ていて、音楽を感じている、表現したいことがある、と分かるかなり大きい子。
でも、バレエというツールを使うことに問題があるようでした。
他のジャンルの踊りや歌など、なにか別のもので表現したらもっと思うようにできるのでは?
心の中で、こんなことを思う踊りでした。

才能って、何なのかな?
その人が持っているものを存分に出せる「何か」に出会えなければ
それは周りにも本人にも気付かれずに、埋もれたままになってしまうのかもしれません。

才能というと、なんだか特別に聞こえて、一部の限られた人のもののように感じるけれど、
本当はそんな大げさなものじゃなくて、
始めは「他の人とのほんのちょっとした違い」のようなものかもしれません。

わたしは才能のあるなしに関わらず、ヴァイオリンが好きだからやっています。
昨日見た踊りのようなヴァイオリンかもしれませんね。

普段、劇場に行った日はヴァイオリンの練習をすることはありません。
やろうと思っても思うだけで、疲れちゃってできないのですが、
劇場に行った最初の夜、なせだか気力が充実していて練習できました。
でも、寝るのが2時くらいになってしまって、その後に余波が…。

やっぱり慣れないことはしない方が良いのかも。



日陰を歩いてレッスンへ

 2015-08-06
今日はヴァイオリンのレッスンでした。

日中の屋外は、もう息をするのが苦しいような暑さですね。
相棒くん抱えて日なたを歩きたくないです。わたしもイヤだけど。
駅から日陰を選んで歩いて、先生のところへ。

先回バッハのアダージョが上手く弾けなかったために先送りした3巡目のカイザー34・35番。
だから普段より余分に練習できたのに、特に34番が上手くできません。
人差し指と小指をオクターブに広げたまま、あっちこっち動かして弾くのですが、
1巡目の時がいちばん良かったのではないか?と思うくらいダメです。はぁ…。

ですが、次回は36番、いよいよ最後の曲です。
でも、どれも満足に弾けたとは思っていないので、きっと達成感のようなものはないのだろうな…。

今回から、曲はバッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」の3楽章です。
またバッハだけど、バッハ好きです。
2年くらい前にやっていましたが、途中で体調を崩して仕上げまでできなかったので、リベンジです。
当時、先生と合わせるところまではやっていたけれど、
時間が経ってしまっているので発掘作業にかなり手間取りました。

今日は途中までをひとりで弾きました。
つっかえたりしましたが、「うんうん、そんなに悪くないです。(^^)」と言ってもらえました。
先生と合奏するのはドキドキするけれど、本当に嬉しいのです。(ちゃんと弾ければ、笑)
またそれができるのは、とっても楽しみです。練習しなくちゃな。

ヴィブラートの練習の時に
「左手、動きづらい…ですか…?」と先生に聞かれました。
ああ、そうなんだなぁ…。いつもわたしが自覚するより先に先生が気づいてくれます。
いつも見てくださっている先生が言うのだから、そういう動きをしているんだろうな。

とパソコンに向かいながら、今左手をグーパーしてみたら、ちょっとやりにくいですね…。
ヴァイオリンを弾く時には気にならない自分って鈍感なのかもしれません。



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