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小さく、でもはっきりと決めた

 2015-07-24
時々誰かの前でヴァイオリンを弾かせてもらうようになってはきたけれど、
もともと上手じゃないのに緊張して、終わってからガックリすることが多いです。

そんな演奏だけど、聴いてくれた人に何かが伝わった…と感じる、
嬉しい体験をさせてもらったことがあります。

上手な美しい演奏ではない自分のヴァイオリンの音に、一体何の価値があるのだろう?
それは聴いてくれた人が決めることで、自分では知ることができません。

「恥ずかしがる姿を見て喜ぶ人がいる」
「確実に人に喜んでもらっているということを忘れないこと」
「あなたの姿を見て楽しむ人がいるのを忘れないこと」

何度も言われているけれど、「本当かな…?」と半信半疑です。
本当にそんなことがあるのだろうか?と思ってしまいます。

「仕事とは自分が喜ぶことで人を喜ばせ豊かさを回していくこと」
先日、そういう話しを聞きました。仕事の転機…がやってきている。
どう考えても、わたしが一番嬉しいのはヴァイオリンを弾くこと、ヴァイオリンの話をすることで、
もしそれで人が喜んでくれているのなら…。

つい数日前、心の中で小さく、でもはっきりと決めた。

ヴァイオリンの先生は、先日演奏を披露する機会があって(わたしは聴けなかったけれど)、
レッスンの時に「どんなことを考えて演奏に臨むのですか?」と質問しました。

「言いたい事が伝わる演奏ができるように(^^)」
「聴いてくれる人と、心のやり取りができるような演奏をと思っています(^^)」
先生のように普通に弾ける(変な表現ですが)人は、どんなことを?と思ったのだけど、
いつもお話ししてくださること、そのままでした。

普通には弾けないわたしは、
言葉足らずでも、なんとか何かを分かってもらえたら…、
きっとこういうことを言いたいのだろう…と、想像力で補ってもらえるような何かを少しでも伝えられたら…。

ああ、それなのに…。
バッハの無伴奏ソナタのアダージョは全然うまく弾けなくて、決心がガクッと折れます。
もともとわたしの演奏の価値は、上手いとか下手とかいうこととは無関係のようだけど、
言いたいことのカケラも言えないのではダメなのです。

でも、立ち直りが早いのはわたしの取り得。
昨日よりは少し気持ちも復活して、
レッスンの課題以外に、これから先、弾こうと思っている曲も練習しました。

何をどうしたら豊かさにつながっていくのか、
自分では見当もつかないし、具体的な方法も分からないけれど、
規格外の道を行こう、規格外のヴァイオリンを聴いてもらおうと思っているのだから、
考えても分かるようなことじゃないのでしょう。

どうぞ、わたしの行く末を楽しみに、
上手く弾けなくて落ち込んだりするのも、どうか面白がってもらえると嬉しいです。
(当人は面白くないのだけど、笑)


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