迷走中です(^^;

 2015-05-27
言ってるそばから、ただ今迷走中です。

ヴァイオリンが上手くいかない。
肩のことなどあって、練習できるだけでも上出来じゃない?とも思うけれど、
それとこれとは別。(なぜかそう思う、笑)

母に「音が大きくなった」と言われたり、かなり前のレッスンの録音を聴いたりすると、
どうやら進歩はしているようだけれど、全く実感がありません。

やってもやっても、何も変わっていないように思えるバッハのアダージョ。
どんどん下手になっているような気さえしてくる…。
始めた頃には頭の中で流れていた音楽が、
自分が弾くとつっかえつっかえになるために、パタリと止まってしまっています。
だから余計に何をやろうとしているのか分からなくなって、悪循環。

そういう時は手を止めて、自分の良いところを思い出す…という文を目にして、
自分にそんなところがあるだろうか?と悲観モードが更に全開になりました。
できない、できない、できない、できない!良いところなんてちっとも無い!
あれ?わたし、怒っている??
うん、できない自分に怒っている。
そんな気持ちにも気がつきました。

でも、練習はします。そんなにたくさんではないけれど。
できないと思うことができなくしている。
もう、いろんなこと全部忘れてだた弾けば良いんじゃない?
とはいえ、今のわたしにはバッハのアダージョを「ただ弾く」なんてことは到底できないのでした。

楽器の点検と弓の毛替えには、まだ行っていません。
次のレッスンが終わったら…と思いながら、もうかなり経ちます。
でも、今度のレッスンが終わったら、と思っています。

行き詰まるとそういうことを思うのか、
弦の種類を変えてみたらどうなるのだろう?と、調べたりしています。
そういう意欲?はあるんだよな。まあ、その前に弓の毛替えですね。

迷走はさしたる理由なく始まって、放っておけばそのうち自然になおります。
あまり難しくない美しい曲を弾いてみたいと思って探したり、
図書館で借りたヴァイオリンの本を読んだり、やりたいことはいろいろあるみたいです。

感情に良いも悪いもない。
ということで、判断ぜずに通り過ぎるのを待つことにします。
読んで下さってありがとうございました。




「歩いたトコロが道になる」

 2015-05-24
気がついている方もいると思いますが、しばらく前にブログのタイトルを変えました。
これまでの「楽しいことしてみよう!」はとても気に入っていたのですが、
ブログを始めた頃から比べ、わたし自身が進化して(笑)、なんとなくしっくりこなくなってきていました。

どんな時でも楽しむ、面白がる気持ちはこれまでと変わりません。
一方で、「楽しむ」というのは面白おかしいことだけではなくて、
一見ちっとも楽しそうに見えない、ちょっと苦しそうにさえ見える・思えることも
大きな視点ではやっぱり「楽しんでいる」のだと、今では思います。
デフォルトで「楽しむ人」になっちゃったので、
改めて「楽しいことしてみよう!」と思わなくなってしまいました。

「歩いたトコロが道になる」

ある日の午前中、部屋の掃除をしようとしていたら突然(また、笑)思いつきました。
自分がどこを歩いているのか、いつも良く分かっていないけれど、
わたしはこれまで自分がやりたい方へ進んできました。というか、それしかできないので…。
境界線もタブーも、自分がそう思わなければ存在しないものだと分かりました。

地図も道もいらないな…。
その時のわたしがどこへ行きたいか決めるから。
迷走中、迷子中の時もたまにはあるけれど、それも好きでやっているようだから良いでのす。(笑)

自分が本当に望んでいることは何か?
その望みに従って生きていけないはずが無い。
それを実践(実験?)しています。

そんなこと言っても生きていくためにはお金は必要だし、
そのためには多少好きでないことでも我慢して働かなくちゃいけないし…、と
普通の人であれば思うでしょう。わたしもそう思っていました。
でもね、それをやめちゃったのですよね。

自分の望む生き方はどんなものか?
それを真剣に追求していけば、豊かに生きていくことができるのでは?
部屋にこもってジッとしたままでは難しいかもしれないけれど、
自分がやりたいことをやっていく中で、
わたしは楽しく生きながらえていけるのではないかと思っています。

これからわたしがどうなっていくか、どうか長い目でお付き合いください。
これからもよろしくお願いいたします。


IMG_4054 (768x1024)   今日の多肉ちゃん



ヴァイオリンのレッスンへ

 2015-05-22
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。
肩の調子が悪くてもヴァイオリンは弾ける…と言いながらも、
レッスンへ向かう電車の中で雲行きがおかしくなり…(汗)。

このままでは先生のお宅に着いてもそのまま帰ることになるのでは?と
余計なことを考えているうちに…、何となく治って大丈夫になりました。
ん~、まだまだ信頼が足りないな(笑)。

ヴァイオリンを通常の高さで構えるのが難しく、低めに持っていますが、
「弓の高さもそれに合わせてもう少し低くしてみては(^^)」と先生。
弓、肘の高さは高い方がいい、低い方がいい、というのではなく、
楽器の高さとのバランスの良いところで、ということでした。

ヴィブラートもあまり積極的に揺らすことができないので、
あまり揺らさなくてもきちんと聴こえるためには?という方法も教えていただきました。
前に同じようなことがあった時にも、普段教えていただく機会の無いようなことを教えてもらって、
わたしの引き出しは他の人よりも増えているかもしれません(笑)。

先日久しぶりに母にヴァイオリンを聴いてもらったことをお話ししました。
自分の上達はなかなか分からないけれど、こういうことがあると実感できます。
こういう嬉しいことは、ぜひ教えていただいている先生にもご報告しなくちゃ。

母が「前の演奏は聴いている方が気が気じゃなかった。」と言ったように、
先生もきっとわたしが弾くのを聴きながらいろいろな事を思っていらっしゃるのだと思います。
当時、そう思った母がそれでも「良い音がする」と言ってくれたように、
先生もたくさんの言葉を飲み込んで、上達するために必要な言葉を掛けて下さっているのだろうな。

帰りに商店街の入り口の花屋さんで、多肉植物の小さな鉢植えを買いました。
欲しいな~と思っていたけれど、自宅近くでは見つからなかったのです。
そういえば先生のお宅の近くに…と思ったら、やっぱり置いてありました。


IMG_4029 (768x1024)


カワイイ&小さいのに存在感がすごい。
置いている机のまわりだけでなく、お部屋の空気も変わるような気がします。
うちに来てくれてありがとう。



アンサンブルへ行きました

 2015-05-20
この頃アンサンブルのことを書いていませんでしたが、月に1度行っていますよ。
少し前から曜日が火曜日に変更になりました。
これでもう、レッスンと同じ日になることはなくなりました。

肩の具合は良くないけれど、少しずつでも練習したので前回より少しは弾けました。
今のメインは「水上の音楽」のアラ・ホーンパイプで、わたしはヴィオラ代わりのサードヴァイオリン。
低音は好きだけど、自分の楽譜を見て練習しても、どうしてかちっとも楽しくない…。

これではいけない…と、久しぶりにyoutube で探して聴いてみたら、
音楽の全体像が見えて、自分のパートが何をやっているのかも分かりました。
そうだった。わたしは、これが分からないと弾けない人なのだった。
これで少しモチベーションが上がりました。

相変わらず、度々肩がロックしたようになって動かせなくなります。
病院へ?でも動けない、歩けない…とプチパニックになっている間に、
しばらくすると肩の緊張が緩んで動かせるようになると分かりました。

脱臼して整復が必要になるのは、痛みのために筋の緊張が強くなってしまうというのもあるようで、
わたしの場合は「ズレた!」と自覚があっても、もともと筋力低下が原因なので、
幸か不幸か、その位置を維持することができないみたいです。

前の時とは違って、肩が離れていてもそれほど痛くない時もあります。
ヴァイオリンを弾く時のように、肘を中に入れる角度にするとわりと大丈夫みたいです。
それもちょっとグラグラするようになってきてはいますが…。

月末の治療まで、普段は特に打つ手がないのでこのままです。
肩を固定して安静にするかどうかは、自分が辛かったらすれば良いらしい。
ん~、結構大丈夫な時もあるから自分からはしないよな…。(笑)


inokasira.jpg  吉祥寺駅・井の頭線の「各停」「急行」きょうだい


能を観て文化について考えた

 2015-05-18
先日、友人のお誘いで国立能楽堂の定例公演に行きました。
演目は狂言「仁王」、能「杜若」の2本です。

nou.jpg

狂言も歌舞伎も観たことがあるけれど、正式なお能を観るのは実は初めてです。
前もって予習をしていかないと…と思ってにわか勉強をしたけれど、
「杜若」は伊勢物語がベースになっていて、奥が深い…。

客席には外国人のお客さまもかなりいました。
その人たちにはどんなふうに見えるのだろう?

わたしはだだ日本人だというだけで、そういえば能も初めてだし、
茶道、華道は知らないし、着物のことも分からず着ることもできません。
それぞれに、「なんとなくこんな感じ」というイメージしか持っていなくて、
能といえば、大河ドラマの中で見た、「本能寺の変」の炎の中、信長が舞う姿を思い出すくらい。(笑)

着物がしまってある箪笥を開けた時の匂いや、茶室がなんとなく薄暗いことは知っています。
詳しくは知らないけれど、気配?のようなものは何だか知っている。
わたしだけでなく、他の人でもそういうことがあると思います。
こんなことをもしかしたら「文化」っていうのかもしれないな、と思いました。違うかな?

共通の「ああ、なんだかそうだよね。」というような感覚。
詳しくは知らないけれど、経験から自然と分かっているような共通の認識。
この前、母の娘だと感じた出来事も、狭い意味では「我が家の文化」とも言えるよなぁ…。

わたしはバレエとか、ヴァイオリンとか、これまで西洋文化にばかり関わって来て、
日本人としてはちょっと劣等感を感じることが多くあります。
でも、わたしがお能に詳しくないのと同じように、
フランスやロシアの一般の人が、バレエについて何でも詳しく知っているとは思えません。

詳しく知らなくても、歴史・生活・宗教などのベースがバレエにも通じる部分があって、
それがないわたしたちは、同じ事をしてもちょっと違っているのでは?と思います。

お能は抑えた表現。奇をてらうこともなく粛々と物語が進んでいきます。
能楽堂は素明かりのまま、特別な演出もありません。
究極的…というのかな。
初めてでは分からないことも多く少し忍耐はいりますが、美しいものなのだなぁと感じました。



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