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母の娘なんだ…と思った出来事

 2015-05-15
ちょうど1週間前、ヴァイオリンのレッスンの翌日に、
東京の西のはずれに一人で住んでいる母のところへ行きました。

わたしは音信不通気味の娘で、年に1、2回しか会いに行っていないけれど、
行った方が良さそうな電話が来たので。

母はずいぶん前から自分がいなくなった時のためにいろいろと準備をしていて、
(終活という言葉もまだ無かったくらい前からです)、
そろそろ自分も「卒業」の時期が近いのではないか、と思っているようです。

どこかとても具合の悪いところがあるという訳ではないけれど、
少し声の張りがなくなったかな…と感じました。
そうはいっても、週に一度ミニテニスへ通うくらい元気です。

マメな人なので、よく散らし寿司をつくってくれます。この前もそうでした。
「盛り付けて飾り付けをして」と言われ、
出された錦糸卵やしいたけの煮たのや紅しょうがをトッピングしていると、
「やっぱりそうだよね。」と。
「え、何が?」
「この前妹たちが遊びに来た時に頼んだら、ぜんぜん違ったのよぉ。」

わたしは白い酢レンコンや地味なしいたけは下に、その次に錦糸卵を敷いて
その上に色の鮮やかな絹サヤやゆでたエビや紅しょうがを乗せます。
母に順番を教わったのか、見てマネをしたのか分からないけれど、
見た目がキレイになるように、そういう順番なのです。

それを聞いた時、「ああ、わたしはこの人の娘なんだ…」と思った。
音信不通気味でも、一緒にどこかへ出掛けたりしなくても、
他の人には分からないようなものごとを、わたしと母はたくさん共有しているのでした。

どのくらい預金があるかやエンディングノートも見せられ、
数点しかない貴金属を持って行って、と渡され、
これでまた、母の計画は少し進みました。(笑)

「いつが最後でもいいように。」
なんだかこの前自分が書いたことと似ています。
行く前から母のそんな気持ちが分かったので、ヴァイオリンを持って行きました。

相変わらずのユーモレスク、でも前に聴いてもらったのは2年くらい前のことです。
「前よりも音が大きくなった。
 前は聞いているこっちの方が気が気じゃないような演奏だった。」と。
当時は良い音だと言われたような気がするけれど、本当はこう感じていたんだなぁ。

今年で79歳になる母に、「あと10年くらいどう?」と言ってみました。
「え~、あと10年も。」
いつ「卒業」しても良い準備ができたら、スッキリしてその後ゆったりと過ごせるかもしれません。



「お金磨きとお金のはなし」ご案内

 2015-05-14
4月に初めて開催した「お金磨きとお金のはなし」
おかげさまで、集まってくださった方たちと楽しい時間を過ごすことができました。

土日ならば参加できるのに…という声をいただき、日曜開催の日を設けました。


「お金磨きとお金のはなし」


・お金磨きって何?
・お金を磨くとどうなるの?
・そもそもお金ってなんだろう?

お金磨きの達人がお金について語る、
他では聞けない目からウロコのお金のはなし。
お金とのお付き合いはシンプルに気持ちよく!
この機会にぜひお金磨きを体験してください。

期 日  : 6月21日(日) 11時00分~ (1時間半程度)
会 場  : 恵比寿 備屋珈琲店貴賓室 WEST
参加費  : 3000円 (お飲物代込み)

お申し込みはこちらから → 「お金磨きとお金のはなし」 お申し込みフォーム


前回は、お金についてわたしが思うことをお話して、
参加された方もそれについて思うことなど話してくださり、
その後、皆でお金を磨いてあっという間に時間が過ぎました。

お金磨きに興味のある方、お金と楽しいお付き合いをしたい方、
わたしがどんな人なのか見てみたい方(笑)、
どうぞ気負わずにご参加ください。

満席(定員7名)になるまでは、いつでもお申し込み可能です。
まだちょっと先のことだよな~と思いながら、
今日は突然告知モードの気分になったのでお知らせしてみました。

またご参加のみなさんと楽しい時間を過ごせたらと思っています!



きっちり線を引かないで

 2015-05-11
舞台の仕事が一段落しました。
これで、次に忙しくなる7月まではゆったりとしたスケジュールです。

2~3月のシリーズでは気持ちの上で余裕が無かったけれど、
今回は仕事の内容が違うこともあってそれ程でもなかったみたい。

この前、「望まないことを自分にさせない」と決めたのですが、
そんなに真面目に線引きをしなくても良いのではないか?という意見をもらって、
きっちり区切らずに自分に無理のないやり方を探していこうか、と思うようになりました。

ボスとの仕事はもうやることはないかもしれない、と心の中で思っていたけれど、
(思っただけで、話してはいませんでしたが)
わたしの中で緩やかな保留になりました。

もう無いかもしれないし、またあるかもしれない。
仕事に限らず、どんなことにもそういった可能性はあるものですね。
大切なことや大切に思う人に、いつもそういう気持ちで向き合いたいなと思います。

以前は「自分が仕事を辞める時はボスが仕事を辞める時」なんて思っていたことがあったのに、
さっさと自分から辞めてしまって、
しばらくして「また仕事させてください。」とお願いして今に至ります。

自分勝手で気まぐれなので、(本人は熟考の上で決めたつもりだけど、笑)
何か言い出しても、「また戻ってくるのでは?」と思って受け止めてもらえるとも思っています。
本人はいつも大真面目なのだけど。

気持ちの上では大変ではなかったけれど、今度は身体が不調でした。
筋力低下でまた肩が危ない感じです…。
今日は神経内科のゆるキャラ風主治医先生に会いに行き、治療の予定を決めました。
病院がとても混んでいて、3時間待つうちにウトウト居眠りしていたら呼ばれる頃には頭がシャッキリ。
良い休養になりました。

ついでにスーパーでプリンを買って帰りました。
お酒は飲まないので(弱いです)、これがわたしのささやかなシアワセ。


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レッスンでしたが…

 2015-05-08
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。
練習不足がたたって、満足に弾けないままその日になりました。
仕事の予定も考えてレッスンの日を決めているはずですが、
読みが甘いのか計画性がないのか?(多分どちらもです)

普段は一度弾いて終わる3巡目のカイザー2曲は、2回ずつ弾かせてもらいなんとか終わりました。
こういう時は良いこと探しは難しいなぁ…。
弾くこと自体は良い点はなくても、予定通りレッスンに行かれたことは良かったです。
新しいヴィブラートの練習方法で、先生の指の動きを間近で見られたことでも、新しい発見がありました。
あ、探せば少しは見つかるものですね。

練習が思うようにできなかったり、肩の調子が悪くなったりすると、すぐにヘタクソに戻ります。
身体的な動きの問題だけでなく、頭の中の働きが良くないという自覚があります。
楽譜を見るということができていなかったり、見ていても「眺めているだけ状態」だったり。
どちらも訓練して慣れるしかないのだと思いますが、
進歩のスピードと退化のスピードが同じくらいのような気がする…。

少し練習できなかったくらいで簡単に弾けなくなってしまうなんて、
わたしは無駄なことをしているのではないか?と、悲観的モード全開になります。(笑)
でも、弾けるようになったり弾けなくなったり…の過程そのものを楽しんでいるのだよな~、きっと。
渦中ではそれに気が付きにくいけれど。

この週末の仕事が終われば一段落です。
その時の自分にできることをやる、レッスンでも仕事でも。

取り留めのない文になりました。たまにはこんな時もありますね。



笑えるくらいに悲観的

 2015-05-06
4月下旬からの忙しさは、今度の週末の仕事で一段落します。
数ヶ月前の忙しい時期には、何だかとても大変で疲れてしまったので、
今回は、自分がうまくできなかった事にフォーカスするのではなく、
得意の楽しいこと・嬉しいこと探しをしてみようと思っていました。

そんなふうに思っていたら、友人がこんな記事を紹介していました。
「音楽の演奏や練習における、卑下や自己否定の大きな危険」 (バジル先生のココロとカラダの相談室)

「至らぬ点に着目するより、上達に着目して練習することが、結果的に上達をより促すならば、
そちらが演奏の向上を望むひとの『義務』とすら言えます。
反対に、至らぬ点に着目することは実質、演奏や上達にブレーキになっているわけですから、
そちらが『ベストではない』という意味で『やってはならないこと』とすら言えるわけです」

できないことを見つけるのは容易であるけれど、目標にどのくらい近づいたかは印象が控えめ。
でも、上達をさらに促したり、壁を越えたり、抜け道を見つけたりするための情報・経験・きっかけは、
地味ながら確かな「上達の過程」にこそ豊富に隠れている、ということが書かれていました。

そう心がけても、仕事の中で自分が良かったことを拾い出すのはやっぱりちょっと難しかった。
でも、気持ちの軸を肯定的な方に置いておくことで、自分へのダメだしは少し減りました。

ヴァイオリンでは、舞台の仕事の時よりは少し甘くなるけれど、やっぱり自己評価は低めです。
そして、とっても悲観的(笑)。本当に笑えるくらいに。

明日はレッスンです。
練習不足なのは仕方ないとしても(それだけでも十分悲観的になるけれど)、
体調のこともあって、「どうしよう、明日のレッスンに行かれそうもない!」と
一瞬、頭の中を色々なことがグルグルしました。
が、しばらく様子をみたら復活して、練習もできて、大丈夫のようです。

日常生活のことでは大きく構えていて動揺するようなことはあまり無いけれど、
ヴァイオリンのことと、舞台の仕事では、まだまだそれができません。

そういうことがなくなってしまったら、それはそれでつまらないのかもしれないな。
それがなくなることは無さそうに思えるので、その心配はいらないのかもしれません。



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