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「石田尚志 渦まく光」を見に行きました。

 2015-04-12
横浜美術館の企画展「石田尚志 渦まく光」へ行って来ました。
普段ほとんど美術館に行くことはないのだけど、
インターネットのニュース記事で偶然に知って、「これは行かなくちゃ」と思いました。
横浜美術館の特設サイト http://yokohama.art.museum/special/2014/ishidatakashi/

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バッハの「フーガの技法」を「動く絵」で表現したというのが見てみたかった。
上記のサイトの「interview」で映像作品の一部を見ることができますが、
その中の「海の壁-生成する庭」も見たくなりました。

行って良かった。
このところ、行きたくなったところへ行ってみる、
会いたい人に会いに行く、思いついたことをやってみる、というのをやってみているのだけど、
こういうことがわたしにとっては大事なのかもしれません。

見たかった「海の壁…」と「フーガの技法」、それから「絵馬・絵巻」が好きでした。
音楽に同化して伸びていく線描は、まるでコンテンポラリーダンスのようでした。
その線は音楽を聴くわたしの気持ちとも同化して、映像の中で動いていました。

音楽から感じるものは、みんなどこか共通するものがありますね。
振付家は身体の動きを考える。石田尚志さんは絵をコマ撮りしてつないだ映像で表現する。
こういうのを見ると、「それでわたしはどうするの?」と問われているような気持ちになります。
ん~、わたしはやっぱりそこで音楽と一緒に居たいから、
自分が身体を使って、踊るとかヴァイオリンを弾くのが良いのだと思う。

動く絵を見ながら、いろいろな想いが浮かんできたので、
それがどこかへ行ってしまわないように、あわてて手帳に書き込みました。

「その瞬間ごとに変わっていく、わたしの中から湧き出るものに素直でいる。」
「わたしが作品。それをどう解釈するかは受け止める人の自由。
 わたしは、ただ、わたしであれば良い。」

映像作品は見るのに時間がかかるので、ゆっくり見るにはそのつもりで行くのが良いです。
「フーガの技法」以外の映像作品で音の出るものは、ヘッドホンがひとつついているだけでした。
わたしは平日の雨の日に行ったので、のんびりじっくりと見ることができました。

石田尚志さんについて調べてみたらいろいろと面白い。

映画芸術 http://eigageijutsu.com/article/138450454.html
「僕が多くを受け取ったのは、ドイツの抽象画家のオスカー・フィッシンガーで、
彼は音楽と映像の融合を試みた人です。
そもそもカンディンスキーであれ、パウル・クレーであれ、抽象絵画の画家たちは目に見えない音楽を描く、
ということを自分に課した人たちだったんです。」

オスカー・フィッシンガーについて、良く分かるサイトも発見しました。
http://blog.livedoor.jp/kensaku_gokuraku/archives/1515100.html

わたしの母校は多摩美術大学系列の芸術系専門学校ですが、今は多摩美に吸収合併されていて、
石田さんはその学科の准教授をされているようです。
ちょっとご縁を感じました。


弦を換えたり肩当てをいじったり

 2015-04-08
時間が無いと練習できないのは分かるけれど、
今はそれほど忙しくないのにぼんやりとしてしまって、やっぱり練習がはかどりません。
バッハのアダージョ、すごく好きなのに楽譜を読んだそばから忘れていて弾けません。

気分転換に、久しぶりに弦を交換しました。
半年に一度は換えようと思っているのに、それをかなり過ぎてしまっていました。
交換してみると「ああ、もっと早くすれば良かった。」と思います。

音が大きくなる、出しやすくなる、音程が良くなる、ヴィブラートも掛かりやすくなる…ような気がする。
新しい弦は元気で弾力があるという印象です。
ピーンと引っ張られているのに、そんなふうに思います。

弓の毛替えとヴァイオリンの定期点検にも行きそびれているので近々行かなくちゃ。
弓も、かなり前から弾きにくいような気がしていたのに。

肩当ては少し前に、高さを出したくて工夫してみたけれどあまり良くなくて、
探してみたら以前は売り切れだった長い足のパーツが見つかったので買いました。

IMG_4024 (640x480)  左が長いパーツ 右は通常のもの

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マッハワンというメーカーのプラスチック製の肩当てを使っています。
長い足のパーツは1080円でした。
肩当てはこれでひとまず落ちつきました。

何を弾くにもたくさん練習しないとできるようにならないのだから、
将来的に弾きたいと思っている曲は、いつかと言わずにすぐにでもやった方が良いのだろうな。
いつか無伴奏ソナタの「プレスト」をやりたいと言ったら、先生がメモして下さっていました。
少しずつでも練習したらどうかということでした。

白鳥の湖の中に弾きたい曲があります。いつか必ずやりたいと思っています。
楽譜はパート譜を見ればいいのだろうけれど、ソロではできないので、ん~。
そんなことを思いながら、何も見ないで勝手に弾いたら、それだけで幸せな気分になりました。

ずーっと前にもそうやって勝手に弾いてみたことがあったけれど、
その時よりは少し音らしい音が出ました。
勝手に…ではなくて、きちんと練習した方がいいな(笑)。



自分はコンビニ弁当ではないな(笑)

 2015-04-03
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。

先回からの2週間の間に色々なところへヴァイオリンを持って出掛けて
思うこと、感じることがあって、先生にお話ししました。

下手な演奏でも伝わることがあるのはなんでだろう?何が起こっていたのだろう?
誰かの前でヴァイオリンを弾いて嬉しい体験をする度に、
その時の自分の不出来な演奏とのギャップに戸惑います。

「プロの演奏家としてそれを商品にするなら
クオリティーの高い突っ込みどころのない演奏の方が良いでしょう。

そつない突っ込みどころのない商品というのは
結局、コンビニのお弁当のようなものになるのかなぁと思うことがあるんです。
でも音楽をやるというのはそればかりでもないんだよなぁと思うところです。
本当の音楽ってなんだろう?という問いにも繋がっていくことですね。(^^)」

「演奏というのは弾く人だけでなく、その場に依存することでもあります。
上手いと言われる演奏家でも場違いな状態であれば評価されないし、
大勢の人の前で弾くことが良いこととも限りません。

少しの人の前でも演奏自体は拙くても、
何かが伝わればそれは名演奏になるんだと思います。(^^)」

答えようの無いようなわたしの疑問に、
いつもご自分の経験や解釈を交えて、率直にお話ししてくださってありがたいです。
先生はヴァイオリンの先生だから、もちろん上手に弾けるように指導してくださるけれど、
技術の向上がその人の幸せに結びつかないことがあるのも良くご存知です。

音楽をやるとはどういうことか?
ヴァイオリンが上手になったら幸せなのか?
そういう疑問を持ち続けている先生だからこそ、先生に習いたいと思うのです。
そして、わたしなりの答えを見つけて、
「先生、こんな幸せがありました!!」とご報告したいのです。

3巡目のカイザーは20番と21番。
重音と移弦がたくさんの20番は、レッスン間近になって面白くなったけれど時間切れでうまく弾けず。
まあ、いつでもうまく弾けていないので同じですが。

バッハのアダージョは、わたしのペースに合わせていただいたので、
ようやく最後まで譜読みが終わりました。

こんな調子で、自分は上達しているのだろうか?と思うこともあるけれど、
いえ、ゆっくりでも確かに少しつづできるようになってはいるのだと思います。



思いついたことはやってみる

 2015-04-01
最近知り合った方が、引越しのためお店を閉める最後の日の集まりに
「良かったら遊びに来てください。」と声を掛けてくれました。

幸い予定が無かったので出掛けることに。
家を出る頃になって思いついて相棒くん(ヴァイオリン)を持参することにしました。
少し遠くへ行くその方に、はなむけのような、お餞別のような何かができたらと思って。

練習していないし、初めて会う人がほとんどだし…と思っていたけれど、
促されてユーモレスクを弾きました。
音を出したとたん、あまりの下手さに弾き始めたことを後悔して、
弾きながら、半分だけで終わりにしようか?と一瞬思いました。
こんな演奏では聴いてくれる人を退屈させてしまうのではないか?と思ったのです。

それでもせっかくだから最後まで弾こう、
弾くうちに少しマシになるかもしれないし。
そうするうちに、ただヴァイオリンを弾くことだけに気持ちが向かいました。

その日の調子がどうであっても、好きな曲にはわたしのその気持ちが現れるのか、
最後の音を静かに弾き終わったら、そのままの静かさがしばらく続いて、
聴いて下さった方たちが曲の余韻の中にいるように感じました。

ああ、弾かせてもらって良かった…。
一瞬だったのかもしれないけれど、この余韻の中に一緒に居ることができて。
この前のイベントの時の方がもう少し上手く弾けたように思います。、
でも今回の方が、ものすごく下手だけど良い演奏だった、と思いました。

下手なのに何が良い演奏なのだろう?
自分の言いたいことを直球で伝えること、そしてそれを受け取ってもらえること、
それがわたしにとっての「良い演奏」なのかもしれないな。
これまでもなんとなく思ってはいたけれど、実感を伴ってそれが分かりました。

帰り道、途中まで一緒だった方が、
別れ際にもう一度「ヴァイオリン、良かったです。」と言ってくださいました。
本当に嬉しい言葉でした。
「ヴァイオリンを持って行ったら?」というほんの少しの思いつきに従って良かった。

その前の日、夕方になってしまったけれど桜を見に行きました。
今までも桜の時に行きたいと思っていた染井霊園。
これまでは思うだけだったけれど、その気になりさえすれば夕方にだって行けるのでした。


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とても静かで美しい場所でした。

自分がチラッと思ったことを、素通りしてしまわないで丁寧に拾ってやってみたら、
嬉しいことがたくさんあるんだな。



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