ヴァイオリンを通してやりたいこと

 2014-04-30
お久しぶりになってしまいました。
勉強のために出かけたり、各種お仕事(笑)があったり、喫茶店でお金磨きしたり、
ついでに体調崩したりして(肋骨もまだ痛い…)、忙しく過ごしていました。
通院での点滴の治療も今日で無事に終わりました。

そしてヴァイオリンの練習が全くできなくて…、ようやく今日から再開です。
ヴァイオリン練習できない時に感じる罪悪感は何なのだろう?
できないなら「練習できません。以上、終わり。」でいいのに。

自分が幸せを感じるのはどんな時か?
いつもそんな事を考えています。
美しいヴァイオリンの曲を聴いている時。
自分でも呆れるくらい簡単に、最上の幸せな気分になります。
気持ちがテロテロに溶けて、天国へ行った気分。

練習していると苦しくなったり、聴くと幸せになったり…、
どうしてかは分からないけれど、ヴァイオリンは私にとって何か特別なものです。

「踊るように、歌うように、遊ぶようにヴァイオリンを弾くこと」
わたしがヴァイオリンでやりたいことです。
それがどういうことなのか、改めて考えてみたら、
聴いている人にどう聞こえるかではなくて、
弾いているわたし自身が、感じているままをヴァイオリンを通して音にしたいということ。

でもそれをやるには技術がないとできないので、そのために練習をしているんだな…。
それを思えば練習は修行ではなくて、わたしの望みをかなえる方法のひとつ。
すっかり忘れて練習はただの修行のように感じていました。

「きちんと・正しく弾きたい」という自分の中の強力な自我先生を突破して
好き勝手に自分の思うままに弾きたい。
そうした時に、美しい音楽が自分のヴァイオリンから出てくるのが望みです。
40過ぎてヴァイオリンを始めたわたしには分不相応な望みだと分かっているけれど、取り下げません。

朝からいろいろ考えていたら、自分の「魂の欲求」みたいなのに触れてしまったようで
また、電車の中で目の前がにじんで来てしまいました。
あ、いけない…と思って、今日は2駅くらいでおさまりました。

朝っぱらから大のおとなが恥ずかしい…。



怪我の功名

 2014-04-21
左肩が痛くて腕が上がらないままです。
目線より上のものを取れない、壁のスイッチが触れない、後ろでエプロンの紐が結べない、
電車のつり革や上着のポケットや右肩にも手が届かない。(指先くらいは届くけど)

ヴァイオリンは弾けます(笑)。
今は治療の途中ですが少し効果も出てきていて、
ヴァイオリン以外にも、無理のない腕の向きなら力が入れられるようになってきています。

ヴァイオリンが弾ければかなり幸せだけど、いつまでもこのままではいけない。
神経内科のゆるキャラ主治医先生は、「まだ無理をしないで…」という方針ですが、
それでは動かなくなる一方だなぁ…と思うと同時に、痛いから動かしたくないなぁ…とも思うのです。

神経内科にかかる前にずっと診てただいていた整形外科の先生に相談に行きたい…と思っていたら、
病院に行かなくちゃならない事態になりました。

週末の仕事でわき腹を打って、寝ても起きても、息をしても痛くなってしまいました。
左手が上手に使えないので代わりに身体を使ったら失敗して。
もろに肋骨に当たったので「やってしまったかも」と思い、今日整形外科の先生に会いに行きました。

先生には、病気の診断がついてから一度ご連絡をしてあり、
「どう、落ち着いた?」と優しく迎えてくれました。
でも!!左肩の経緯をお話しするとわたしの後ろに回って左手の可動範囲を確かめるためにぐいぐいと!
さすが、整形外科の先生は大胆さも持ち合わせています。

「先生、でも今日はわき腹が…(笑いながら涙目)」
肩と肋骨のレントゲンを撮った結果、肩の亜脱臼は治っていて、肋骨も無事でした。
咳をして折れる人もいるのに、わたしの骨はかなり丈夫なようです。良かった、でも痛いけど…。

「筋が堅くなったりすべりが悪くなったりしていて、50肩みたいになっているんだな。」
えー、まだ40半ばなんだから40肩って言って欲しかった…。
「病気は大変だけどそれとして受け入れて、それとは別に筋力は鍛えないと。」
スポーツドクターでもある先生は、わたしがアーチェリーをできないことが残念だと言ってくれました。

以前のように大会に向けて競技生活もどきをやるかどうかは別として、
矢を放つ時の爽快感はまた味わってみたいなぁとは思っているので、
まだアーチェリー協会にも所属しているし、全日本アーチェリー連盟の選手登録もしています。

まずは鍛えるよりも可動域を取り戻すために痛くても頑張って動かそうとすること。
確かにヴァイオリンは、痛くても無理して弾いているからだんだん楽になってきています。

肩に注射をしました。局所麻酔とステロイドです。前に腰にもしたことあったな…。
それで痛みが軽くなった隙に頑張って動かしていくという方針です。
これならちょっと頑張れそうです。
毎日明け方に肩が痛くて目が覚めてしまうので、痛み止めも貰いました。

怪我の功名、ですね。
肋骨痛めなくても先生に会いに行って良かったのだけど、良いキッカケになりました。
どうやっていけば良いのか、快復への道を教えてもらえて気持ちが明るくなりました。
あれ?ヴァイオリンのレッスンの時と似ているな…。

わたしの周りには信頼できる方たちがたくさんいて、会いに行くと元気をもらって帰って来ます。
幸せだなぁ~と心から思います。ありがとうございます。

肋骨打撲は2週間くらいで良くなる予定です。



ヴァイオリンのレッスンへ

 2014-04-18
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。

毎回レッスンという締め切りに向かって、自我先生の厳しい叱咤のもと練習をしています。
練習できないときには罪悪感がやってきて、
時々レッスンの数日前に、先の見通しが真っ暗で絶望的…という感覚にも襲われます。

そんなに真面目に計画的にできるタチじゃないのに、
一方では「キチンとやりたい・ちゃんと弾けるようになりたい」と分不相応な望みを持っていて、
そのハザマでバタバタともがいています。

いつものように満足に弾けない状況のままレッスンへ向かいました。
レッスンへ向かう時は大抵、頭の中が真っ白か、敗北感(笑)でグッタリしているかのどちらかです。
前日までの治療の影響もあるのか、昨日はグッタリの方でした。

わたしは追い詰められると最後には開き直れる特技があって、
先生のお部屋に着くと少し楽な気持ちになります。今更どうにもならないし。

昨日はカイザー36番と、
新しく、わたしが朗読の後ろで弾きたいと思っている曲を見ていただきました。
前回そのお話しをした時に、先生のお顔がなにやら曇ったように見えてちょっと心配に…。
「次回から、初見でも無理やりでもいいのでやりましょう(^^)」と言ってくださいました。

充分な練習ができていなかったのだけど、
自分の好きな曲が、目の前で先生の楽器から出てくるのは嬉しいですね。
ボウイングや、どのように弾く曲なのかを教えていただいて、
自分の中にある妄想を現実のものにするための道筋が分かって、少しホッとした気持ちになりました。

「そういう企画があるのなら早いうちに手がけておかないとと思いまして(^^)」
たぶんわたし自身よりも先生の方が、
それなりに弾けるまでどのくらい時間が掛かるかをご存知なのだと思います。
あとはわたしが練習をするだけなんだなぁ…。地道に頑張ろう。

カイザーは36番が終わりました。
カイザーは全36曲ですが、肩の調子が良くなかったために後回しにしていた34番が残っています。
次回までにその34番を練習して、ようやく1巡目が終わります。あと少し…。

レッスンが終わったら、なんとなくモヤモヤとしていた気持ちがすっきりとしました。
なにがどうして、という理由は良く分からないけれど、
これでいいんだな、別になにも心配することはないんだなと、満たされた気持ちになりました。



ぐうの音も出ない…

 2014-04-16
先週、病院の外来でゆるキャラ主治医先生に会って、再び治療することになりました。
今のところ薬の効果が持続するのは一ヶ月くらいのようです。
今月に入ってから症状が出始めているので、悪くなるのを待つより先に手を打つ方が良いですね。

今回からは外来で治療ができます。
月曜から始めていますが、外来ケアルームに空きが無く、あと2日は飛び飛びで後日です。
入院に比べてストレスは少なく、夕方以降は自由の身です!
昨夜は、久しぶりにワークシートの会へ行きました。

このところやりたいことがたくさんあって、やることが追いつかない毎日です。
毎日、夜寝る時には力尽きて一日が終わる…。
こう書いて「そんな大袈裟な…(笑)」と思う一方、「うーん、その通りかもな…」とも思います。

自分が本当に望んでいることは何か?
それに純粋に向かいたいと、何度も精査してきているつもりだけれど、
ちょっと違う方向に多大な力を使っているのに気付かされて、「ぐうの音も出ない…。」
まさにそんな心境です。

分かっているけどやめられない、というか、これは譲れないと思っていた。(笑)
でも、良く考えたらもっと優先順位の高い大切なことを、後回しにしているのに気がつきました。

気が付いてしまったら、ドバーッと感情が噴き出してきて、
そんなに押さえていたものがあったことに驚いたけれど、止められません。
帰りの電車の中でもそれは続いて、
座って下を向いたまま恥ずかしいなぁと思いながらも、成す術無しでした。

自分の望むこと・好きなことをするというあり方にもっと忠実にいたい。
それがわたしにとって一番大切なことだから。

それには、何が自分の望みなのかを、いつでも厳しい目(笑)で見極める必要があります。
それをしても誰にも迷惑かけないし、わたし自身幸せだと思うのに、
目先のことに気を取られていると、つい流されて景色の違うところに行ってしまいます…。

これまでも何度も見直してきたけれど、またその時期です。
自分の気持ちの内の問題で、誰かやどこかと決別するとかではないのでご心配なく。
これまで通り、よろしくお願いいたします。



オークションの商品を見に

 2014-04-15
週末に、オークションの出品商品を見に出掛けました。
入札するつもりはないのだけど、どんな物がどういう状態で出ているのか、とても興味がありました。

IMG_2182 (800x600)     IMG_2184 (600x800)


入口で出品商品の番号と概要が書かれたカタログをもらいました。
楽器屋さんの展示会に近いような綺麗な会場でしたが、並んでいる物の様子が違います。
テーブルに、番号のついたヴァイオリンや弓や本が広げて置いてあって、
高価なものもそうでないものも、ほぼ同じ扱い。

わたしの目的は、その中から良い音のするヴァイオリンがどれか当てること。
展示会などではもともと値段が書いてあったり、良いものはそれなりに展示してあって、
最初から答えがわかっちゃうので、こういう楽しみ方はできません。
(値段以上の価値ある楽器を探すという、上級編の楽しみ方がありますが)

ヴァイオリンは弦やその他のパーツが一切ついていないものが半分以上でした。
手に取って眺めようとしたら、カラカラと音がして…。
しばらく考えた後、「それはたぶん魂柱だ!」と分かりました。素人なもので…。

以前、楽器屋さんの展示会へ行った時に、
弾いて音を確かめられない状態の楽器の、どこを見て買い付けてくるのか、尋ねたことがあります。
その時のお話しや自分なりの基準で、トントン叩いたり眺め回したりしてみると、
いくつか目に留まった楽器がありました。
弦を張って整備してあげたら、良い音を出すんじゃないかな?

ちょっと見ただけで「コレはたぶんいい楽器」と思えるものもあり、
数年前に初めて弦楽器フェアに行った時は、「どれも同じに見える!」と
目をシロクロさせていたのを考えれば、少し進歩したなかな?と思えます。

弓もスティックだけで毛がないものやラッピングのないものがありました。
手に取って眺めて、水平に持ったりちょっとポンポンして振動を確かめたり。
毛がないものやスタンプがあるものの中で、いいかもと思ったものがありました。

わたしの鑑定なんて全くあてにならないけれど、にわか鑑定師気分で楽しめました。
カタログの査定価格を見て答え合わせをしたら、一番高いものは、自分のリストにもありました!
気になったもので値段の高くないものもあり、
掘り出しものなのか、わたしの思い込みなのか、真実は分かりません。

修理の跡がある古い楽器は、直してでも弾く価値がある楽器なのだろうな。
そうでなければ、生き残っていないはず。
こういうことは先生とのお話しの中で「そうか!」と思ったことです。
先生はヴァイオリンを弾くことだけでなく、楽器そのものについても、
わたしのように興味を持つ人には、たくさんのお話しをしてくれます。

おかげさまで、わたしもちょっとだけマニアになりました。

で、家に帰ってすぐに相棒くんを取り出して、トントン叩いて、自分の弓もポンポンして振動を確かめて、
やっぱり相棒くんはいいんじゃない?弓も値段にしては十分なのでは?と結局自己満足に浸るのでした。

満足じゃないのは、自分の腕前…。
それが一番肝心なのだけど。



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