やりたいのはヴァイオリンだけ

 2012-06-30
今、左足がストライキ中です。
いろいろと調べた結果、どうやら腰とは関係ないようです。
少し前から左手も怪しいような…。
手は「気のせいかな?」と思う程度で、本当に気のせいかもしれません(笑)。

こういうことも、どの側面から捉えるかでまったく景色の違うことになる。
「かなりマズイ深刻な状態。」
「急を要するような所見はない。」
わたし自身は、「ヴァイオリンが弾けるうちは大丈夫。」と思っています。

今は、珍しくあんまり何もしたくないな…。
これから夏ですが、ちょっと冬眠モードです。
ヴァイオリンだけは弾く気になります。
楽器が重たく感じますが、弾き始めるとそれも忘れて、指も動いています。
やっぱり気のせいだな…(^^;。

自分がちょっと怠け者になったような気分です。
いつもと違って元気がない自分のことは書きたくないな…と思っていましたが、
ここには、わたしが思ったことを思ったように書けばいいんだな…と思い直しました。

あのうるさいMRIの検査中に、2度目とはいえ居眠りをしていたみたいで…
相変わらずこんな調子です。


18歳

 2012-06-27
息子が18歳の誕生日を迎えました。

「ケーキは何がいい?」「イチゴのショートケーキがいい。」というお決まりの会話。
このショートケーキは三角にカットされたものではなく、もちろん丸いの1台のことです。

お店のキレイなお姉さんに「お誕生日用ですか?」と聞かれて、すっかり嬉しくなり「ハイ!」と返事。
「お名前を書いてください。」と渡された紙に漢字で息子の名前を書きました。
手際よくチョコレートで名前を入れた後、「ろうそくは何本ご入用ですか?」と聞かれ、
さすがに18本とは言えず「…8本お願いします。」

18歳になって、名前の書かれたチョコのプレートやろうそくはいらないかも…と思ったのですが、
「あ、名前書いてある!」と意外にも素直に喜んでくれました。(わたしに似ている…)
8本ろうそくを立てて火を着け、わたしがハッピーバースデーを歌ったら、
それはさすがに恥ずかしくて早く終わらせたいらしく、
途中で「もう消してもいいっすか?」というので、あわてて早く歌い終わりました。
ケーキに顔も寄せずに「フッ」と一息でキレイに消したので、「おおっ!!」と驚くと、
「そりゃもう18だから…」と照れる。けっこうカワイイところもあります。

「生まれた時のこと、良く覚えているよ。」「ふ~ん。」
息子をわたし一人で育てたのではないことは、2人とも口には出さないけれど良く知っています。
成人したら、彼のお父さん、元旦那さんにお礼を言おうかなと思っています。

小さいころに良く書いていたバースデーカード、復活させようかとも思ったけれど、
水くさい親子のわたしたち、ちょっとそれは止めておきました。

「ちょっと迷惑かもしれないけど、ず~っと大好きだからね」 
この言葉だけ、頑張って言ってみました。
たぶん息子は、そんなこと言われなくても知っている…と思っただろうな…。


カイザー突入

 2012-06-22
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。
先日買った「カイザー」という練習曲集を持って行きました。

わたしは楽譜を読むのが苦手です。
高校の芸術科目は美術を選択したので学校での音楽は中学まで。
舞台のお仕事では、楽譜を追えた方が良い場面がたくさんありましたが、
知っている曲でも、純粋に楽譜だけを見てそれがどの曲のどの部分なのか分かるのは困難でした。

ヴァイオリンを初めてから、「わたし、楽譜が読めません。」と先生に言う度に、
「やがてはこんなのをやることになります。(^^)」と言って何度も見せてくれたのが、
緑の表紙の、この「カイザー」の練習曲集でした。
普段使っている鈴木の教本よりもはるかに小さい音符が、ぎっしりと並んでいます。
わたしもついにコレをやる時が来たのか…。
恐ろしいと思っている教本でも、新しい段階に進むのは嬉しいです。

きっと今回のレッスンで「次回からやるので用意しておいてください。(^^)」と
言われるのだろうと勝手に想像していたのだけど、
「はい、ではカイザーの1番いきます。(^^)」
「!!!!!」
先生が先に弾いてくれましたが、初見状態で知らない曲を弾くのは恐ろしい。
わたしにとっては、バカの学校(SOB)のカリキュラム並みです。(予習してないのが悪いのですが…)
たどたどしく音を出して、かなり時間がかかってようやく最後まで弾きました。

通常メニューのヴィブラートの練習のあと、「はい、では、カイザーの2番。(^^)」と先生。
さっき弾き終わった時に、「さすがに2番はやらないでしょう…」と思ったのに、大ハズレ。
おお、久し振りのスパルタです!
でも若干体育会系のわたし、しかもこの楽譜は家で一人で格闘してもなかなか進まないだろうから、
こうやって無理矢理にでも進めてもらえて、良かったです(^^;)。

そして今日、一人で練習して弾いてみたけれど、やっぱり苦しい格闘です…。


楽譜を買いに行ったついでに…

 2012-06-16
「そろそろ「KAYSER」という教本を使うので用意して置いて下さい(^^)」と
先日のレッスンで先生に言われたので、金曜日の仕事帰りに銀座のヤマハに行きました。
家に帰る方向とはかなり違うのだけど、休日の銀座はあまり得意ではないので。

3階の楽譜売り場でお目当ての楽譜を買いました。
そのまま帰ろうかとも思ったのだけど、せっかくヴァイオリンがあるところに来ているのだから、
勇気を出して、ヴァイオリンが並んでいる楽器売り場へ行ってみました。
弦楽器専門店でなくても楽器屋さんは緊張するので、勇気がいるのです。

楽器売り場で最初に目に入ったのはガラスケースに並んだピカピカの管楽器。
趣味のお金磨きを思い出し、「わぁ~!キレイ」とテンションが上がりました。
その気持ちのまま気分良くヴァイオリンのコーナーへ。
こちらもケースの中にきれいに並んでいましたが、サイレントヴァイオリンだけケースの外でした。
「この楽器はこんな音がするんじゃないかな?」
ヴァイオリンの形やニスの色を見て、勝手にそんなことを想像して楽しんでいたら、
キレイな店員のお姉さんが「よろしければ試奏もできますよ」と声をかけてくれました。

さすがヤマハ。試奏室が4つくらいあります。密室なら下手でも周りを気にせずに弾けます!
せっかくヤマハに来ているので、前に先生が話していたヤマハの新しいヴァイオリンと、
見てちょっと気になっていたクレモナの作家の新作楽器を弾かせてもらいました。

ヤマハの最上級モデルのアルティーダYVN500Sという楽器。
弾くつもりではなかったのだけど、ヤマハに行くのだからと、どんな楽器か予習をしてありました。
手にとって楽器の裏を見てみると、わたしの楽器のように古くなってニスが剥がれたような
色具合になっていて、表もちょっと渋めで、古い楽器の雰囲気を出していました。
音の方は、素直で雑味のないスッキリとした音。「!」とは思わなかったけれど良い音がしました。

もうひとつの新作は対照的でワイルドな音がしました。(でもスギちゃん風ではありません)
大きな音でちょっと昔の楽器のような匂い(?)がしました。
繊細というよりは、おおらかで明るくて、イタリア人のような音でした。
2つの楽器、駒の高さがかなり違ってヤマハは高く、クレモナのは低かったです。

家に帰って、さっきの2つの楽器の感触を覚えているうちにと思い、
さっそく自分の楽器を弾いてみました。そうしたら「!!」と思ってしまいました。
そんな自分にまた驚いたけれど、だからこの楽器を買ったんだ…と納得。
客観的にどうかは分かりませんが、わたしはこの楽器が好きなんだと改めて思いました。
そう思って弾いたら、いつもよりキレイな音を出してくれたような気がします。


幸せな音

 2012-06-13
少し前のレッスンで、「もう少し幸せな音でできますか?(^^)」と先生に言われました。
その言葉がずっと心でこだましています。

先生はわたしの出す音を「クールな音」とか「タイトな音」と表現してくれますが、
はっきり言うと、寂しく切なく苦しく悲しげな音なのだと、自分では思います。
楽器を鳴らせなくてそういう音が出ていることもありますが、
そういうことをクリアできている時でも、そんな音がしているのではないかと思います。

ヴァイオリンという楽器は、正直な楽器です。
一番高いE線を弾く時、「このまま空気に溶けて、消えて無くなってしまいたい」という気持ちでいます。
どうしてそんな気持ちになるのか分かりませんが、間違いなくいつもそう感じています。
一番低いG線は、「しっかりとここに居よう」という気持ちになりますが、
それ以外は苦しく切ない気持ちで弾いています。

普段はあまり意識することがない寂しさが、ヴァイオリンを弾いていると沸いて出てきます。
なぜそんな気持ちになるのか理由は分からないけれど、
「幸せな音でできますか?」と言われて、自分が幸せな気持ちで弾いていないのに気付きました。

少し前にたくさん音階の練習をしていた時期がありましたが、
長調よりも短調の方が、断然音が取りやすく、体に入ってくるのを感じていました。
その時、わたしは「短調な人」(=根暗)なのだと気が付きました。
明るく豪華で光り輝く音を目指すヴァイオリンの音を出すことは、
もしかしたらわたしはちょっと苦手かもしれません。

バレエをやっていた時にも、そういった豪華でたっぷりとした表現が苦手で、
遠慮っぽくしかできなかったのを思い出します。
やっぱりどこか「消えてなくなりたい…」というような気持ちでいたように思います。

ヴァイオリンを弾いていて、切なさや寂しさが沸いてくるなら、
それを遠慮なく存分に音にしてみたらどうなるのだろう…?ちょっとそんなことを考えました。


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