ヴァイオリンの持ち方がおかしい?

 2012-02-29
舞台の仕事に行っている間は、他の事はほとんど何も出来なくなりますが、
人が表現しているのを見ているせいか、
どうしてもヴァイオリンが弾きたくなって、夜中に消音機を付けて練習した日がありました。
練習というより、ただ弾きたいから弾く…というだけですが、それでとても満足しました。

また普段通りに練習できるようになって、改善したいことはヴァイオリンの持ち方。
この前のレッスンで、「視線を上の方にしてみてください(^^)」と言われました。
この前自分が弾いている姿を撮ってみた時にも、視線が下向きなのが気になっていたところです。
今の体勢で上を見ようとすると、顎でヴァイオリンを挟んでいるので目だけしか上に行かない。
これはなんだかおかしい…。

以前から気にはなっていたのだけど、わたしのヴァイオリンの構え方がおかしいのか?
写真や映像で見る巨匠ヴァイオリニストたちは、顎とヴァイオリンを密着させているように見え、
そのせいで?首のお肉が2重あごみたいに見える人もいます。
わたしはどうかと言うと、顎の先であご当てを押さえているけれど、それ程首には密着していません。

先生の楽器を借りた時に、わたしのとは肩当の感じが違っていて、
それも構え方を考えるきっかけのひとつになっています。
自分の肩当てをいろいろ調節してみました。
弾きやすく、もう少しヴァイオリンと親密な関係になれて、しかも顔が下を向かないような構え方って…?

首の長さや顎のかたち、肩のラインや胸の厚さ、太っている、やせている、人それぞれ違うけれど、
同じ大きさのヴァイオリンを持つのだから、自分に合った構え方を見つけるべきなのでしょうね。
習って2年経つのに、今更ですが…


表現するということ

 2012-02-27
4日間、舞台の仕事に行っていました。

ジャンルを超えたダンサーさん達が出演していた舞台で、大きく括ればモダンダンスになると思います。
狭いスペースのため舞台まわりでウォームアップするのですが、その姿が様々で…。
バーレッスンやストレッチや筋トレのようなのだけでなく、
逆立ちをしてピクリとも動かなかったり、大きな声を出したり。
舞台でああいう動きをするためには、こういう訓練や準備が必要なのか…と、
バレエしかやったことのないわたしは、とても興味をそそられました。

今回、凝縮された核のようなものだけを残したような表現の仕方を見ました。
あまり言葉にするのがうまくなくてもどかしいのだけど、
そういうのを見ると、踊り手が自分自身を主張することや、表情さえも不要なものに感じられます。
踊りの分野によっては当てはまらない場合もあると思うけれど。

以前は裏方は表現者ではなく技術者だ、と教わりましたが、
実際にはお客さんの前に立たないだけで、それぞれの方法で何かをしています。
わたしはそれもあまりしない役割だけれど、
「そこに自分がいる」ということそのままが、わたしの表現なのではないかと思いました。

ついでに言えば、劇場にいても、家にいても、どこにいても、
わたしはわたし自身を表現しているんだな…。これで十分かもしれません。
もちろん、ヴァイオリンを弾くのは表現そのものですが。

久しぶりに家で夕ご飯。
ごちそうなんかじゃなくて簡単ご飯ですが、家でのご飯は美味しいです。


先生の楽器を借りて

 2012-02-21
今日はヴァイオリンのレッスンに行きました。

普段、レッスンの日には家で練習をしてから行くのですが、
今日はアルバイト先から直接レッスンに行くため、練習はできません。
楽器を持って行くことも難しいので、先生の楽器をお借りすることになっていました。

先生のとても良い音のする楽器を弾けることが嬉しく楽しみだったのですが、
いざ対面すると、またもやいつもと何か違うわたしになってしまいました。
緊張して音が思うように出ないし、指も間違えてしまうし…。

以前はもっと気軽な気持ちで弾けたのですが、
先生の楽器の価値を知ってからは、ちょっと触るのが恐れ多いような気がします。
先生はそんな事は望んでいないと思うし、
わたしも楽器と素直な気持ちで向き合いたいと思っているはずなのですが…。

レッスンの終わりの頃になって、ようやく落ち着いて良い音が出るようになりました。
良い音がしている時には、あーしよう、こーしよう…とは考えておらず、
楽な気持ちで両手と身体を動かして、出てくる音を聴きながら嬉しく幸せな気持ちです。
こういうところにわたしを連れて行ってくれる先生に感謝です。

誰が聴いていてもいなくても、こういうふうに弾けたらいいな、と思います。
これはきっと、指や弓のテクニックとは別のことで、
どういう自分でいるか?みたいな、難しそうで簡単なことなのかもしれません。


「B」への道は険しい…

 2012-02-20
この週末はSOB(スクールオブB=バカの学校)でした。

1日目は初めて行く場所で、初めての体験、
2日目はその日初めて知ったことを自分でやってみるという、恐ろしい週末でした。

自分達が勇者と呼ばれる意味が、ようやく分かってきました。
予め何をやるのか知らされていたら、しり込みしたくなるようなことを、
現地に行ってから知らされ、逃げ出せない状況…(笑)。
もちろん、逃げ出すという選択も残されてはいるとは思いますが…。

やるしかない!と思うまでにそれほど時間の猶予があるわけではなく、決断するしかありません。
この怖さは、今までにも良く知っている、
アーチェリー試合の前、舞台の仕事に向かう朝、と同じような気持ちです。

えいっ!やあっ!!と、そのなかに入ってしまえば想像していたほど怖い事ではなく
(ぜんぜん怖くないとはいえないけれど…)、
まるでご褒美みたいに、嬉しい気持ちや幸せな気持ちを味わえることもありました。

自分のこころを自由にしたい!
これまで出来なかったこのことをやるのに、楽しく簡単になんて出来るわけがないと
言われて始めて気が付きました。

「B」への道は険しい道のようです。
自由になりたい!と思いながら、自由になんかなりたくない!と抵抗しているのを感じます。
どっちだろう…?

まあ、慌てることは無いです。


「ピアノマニア」という映画

 2012-02-16
夕べこの映画のことを知って、ぜひ観たいと思い、今日さっそく観てきました。
ピアノマニアオフィシャルサイト

スタンウェイの調律師と一流ピアニストが、究極の音を追求していくドキュメンタリー映画です。
スタンウェイ社でずらーっと並んだスタンウェイを弾き比べて(この映像だけでも十分スゴイ)
最も良い音の出る1台を選び、それ以外にもう1台、予備を選びます。
同じ場所で同じ人たちが作っているけれど、1台1台音は違っているようでした。

オルガンの音、チェンバロの音、クラヴィコート(この楽器初めて知りました)の音、
ほかの楽器の香りのする音、ピアノでヴィブラートを感じさせる音!
ピアニストの要求に応えて調律していくうちに、そのような音になっていきます!
一流ピアニストと一流調律師だからこそ分かりあえる精妙な音の違いを
妥協せず、丁寧に、しつこく追求していく様子に、静かに興奮してしまいました。

芸術家を支える仕事という意味では、わたしもそのようなことをしていたこともあり、
シュテファンという調律師さんと自分が重なる部分を感じて、
その仕事ぶりに「うん、そうだ、そうなんだよね」と勝手に彼と同化していました。

劇場の裏側というのは日本でも外国でもそう変わりなく、
たくさんのドアや荷物用のエレベーターや、お客さんのいない客席…、
そういうものを見ると、わたしの中にこういった景色が染み付いていると気付きます。

ピアノは、大きく、パーツも多く大掛かりで、ホールの奥まで届く大きな音が出る楽器。
ヴァイオリンは、小さくて軽く、シンプルに出来ていて、
でも良いものをちゃんとした人が弾けば、ピアノと同じようにホールの奥まで届く音が出ます。
楽器というのは、わたしにとっては面白く不思議なものです。

「ヴァイオリンマニア」というのは無いのかな?
わたしの先生を撮ってドキュメンタリーにしたら、きっと出来ちゃうのではないかと思います。
おかげさまで、わたしもちょとだけマニアになりつつあります。


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