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カノンを聴きに

 2011-12-12
アーチェリーの練習を途中で切り上げ、アマチュア弦楽合奏団の演奏会を聴きに行きました。
前にも一度行ったことがあって、案内のはがきが送られてきました。
書かれていた演目の中に「カノン」とあり、それが聴いてみたかった(^^)

ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、そしてちゃんとチェンバロもありました。
自分が弾くわけではないのに、何だか緊張して聴きました。
レッスンでは先生とわたしの2人で追いかけっこをしますが、
正式には3パートで重なって演奏するもので、3番目のパートはビオラが弾いていました。

さすがにわたしのように外れた音を出す人はいなくて、きれいに揃った音でした。
バロック音楽というのは静かに演奏するものなのか、
自分が弾いているのとは違って、かなりおとなしい感じ。

あの中に混じってわたしの楽器を弾いたら、他の人のと比べてどんな風に聞こえるんだろう?
自分の腕前はまだまだ比べものにならないけれど、
他の人の楽器はどんな音がするんだろう?
先生の楽器としか合わせたことがないので、他の人の音も興味があります。

次回のレッスンでカノンが仕上げの予定。
永遠に練習し続けられるような気がしていて、のんびりやっていましたが、
この後に及んで、音程がいつも外れてしまうところや、
音が膨らんで間延びしてしまうところ、逆に詰まって速くなってしまうところなどあって、
ちょっと焦っています。

先生とわたしで、「先に行く人、後に弾く人を入れ替えて2回合奏します(^^)」と予告がありました。
自分で弾いたのを録音して、右の耳だけヘッドフォンを入れて聴きながら、
追いかけたり、先に弾いたりの練習を時々やってみています。
レッスンではわたしが後から弾くことがほとんどで、その方が弾きやすいのですが、
久しぶりに先に弾く「切り込み隊長」もやらなければならないので(^^;)

合奏の相手がヘタクソな自分の録音なのに、一人で弾いている時とは何かが違ってくるみたい。
わたし、誰かと一緒に弾くのが好きなんだなぁ。
一人の時よりもいろいろな音が聞こえてきて、その重なりの中に自分も入っていくのが好きです。


バカの学校

 2011-12-11
「バカの学校」ができるらしいです。その説明会に行きました。

SOBスターティングセミナー

セミナーなんていうものに、ほとんど行ったことはないのですが、
これを知ったときに「わたし呼ばれた!」と思ったのです。

好きなことを真剣に楽しみたいと思って、ヴァイオリンやお金磨きをせっせとやっています。
「それって何かの役に立つわけ?」「やってどうなるの?」
「そんな高いヴァイオリン買って頭おかしいんじゃない?」
と自我先生に突っ込まれ続けながらも楽しいことに没頭していますが、
時々、その声にやられてしまうこともあります。
例えば「これから先、どうやって生活していくつもりなのか?」とか…。

でもそういうことは天にお任せして信頼していれば、
困ったことにはならないんだと、信じると決めたのでした。
決めたって本当にそうなのかどうか、まだまだ半信半疑で大丈夫なのか?とすぐに疑います。
やっぱりわたし、頭おかしいんじゃないか?と揺れます。

バカの学校の記事を読んだ時、わたしのやっていること、間違っていないと思えたのです。
自分が考えていることと同じことを考えている人がいる。
自分では人にうまく伝えられない、説明できないこと、
ここ何年かで思い出したり気が付き始めていたこと、
それを大きな声で言ってくれて、
「わたし、ひとりじゃなかった!」「分かってくれそうな人がいる!」と嬉しいです。

バカの学校も、わたしも、これからどうなっていくのかまだ良く分からないけれど、
もう1歩、2歩、3歩くらい進んでみたいと思います。


頭の中は先生の音

 2011-12-10
わたしが弾きたいと思って練習しているのは、「私を泣かせてください」という曲です。
ヘンデルのオペラの中のアリアで、中丸三千繪さんが歌っているその曲が大好きです。

他の楽譜を探していた時に、この曲の「ヴァイオリン初級」というのを見つけたのがきっかけで、
「もしかして、わたしでも弾けるかもしれない!!」と思って、急にこの曲を弾くことに決めました。
中丸三千繪さんの歌のように弾きたい 

歌しか聴いたことがないので、
ヴァイオリンで弾いたらどうなるのか、YouTobeで検索していくつか見たり聴いたりしましたが、
わたしがやりたいと思っている演奏とは違っていました。
「ん~、そういうんじゃなくて…、違うんだよなぁ…」

練習を始めたばかりで、たどたどしく音程もほぼ外れていてそれどころではないので、
「歌うように弾きたい」という気持ちだけはあるものの、
具体的にどんな音になるのかが、頭の中に漠然とあるだけで、形になりません。

先日のレッスンで先生に「中丸三千繪さんの歌っているのが好きです」と話しました。
「歌の人のように…(^^)」と少し弾いてくれた先生のお手本を聴いたら、
「!!!!」
わたしの思い描いていた通りの演奏でした!
どうして、わたしがやりたいことがわかるのでしょう?

いえ、先生がわたしのやりたいことが分かるのではなく、
わたしの好きな弾き方が、先生の弾き方に近づいているのだと思います。
先生に習っているので、
わたしの頭の中にある音は、先生の楽器で先生が弾いた音。
「すごいな、自分の頭の中はやっぱりそうなっているんだ!」と改めて分かりました。

わたしが今の楽器を選んだのは「良い音のする先生の楽器に少し似ている!?」と思ったから。
そのヴァイオリンでわたしが弾いても、もちろん同じようにはなりませんが
レッスンの録音を聴いて、先生が弾いているのか自分が弾いているのか区別できなくなるのが、
永遠に届かないかもしれない最終目標のひとつかな(^^;)


ピカピカな姿

 2011-12-07
一度にたくさんの5円玉を磨いていると、
いつものことですが、ついそれぞれの製造年を見てしまいます。
古いのに比較的キレイなのが見つかると、
「どこかにいる同志の手によって磨いてもらったに違いない!」と嬉しくなってしまいます。

自分と同い年の5円玉を初詣に使ったら縁起が良さそうな気がしますが、
もっと新しいものが多く、同い年の5円玉は滅多に見つかりません(^^;)
古いものはそれなりに汚れていたり、角や模様が丸みを帯びていて、
そのお金が過ごしてきた時間というのを感じます。

新しくても古くても、キレイでも汚れていても、どれも等しく5円という価値があります。
その5円という価値は、見た目とは関係ありません。
いろいろ違って見える5円玉も、磨かれて全部キレイになったら、ほらやっぱりみんな同じです。

5円玉たちの顔を見ていたら、わたし達ひとりひとりも、そんなもののようだなぁ~と思いました。
年齢や性別、学歴やしている仕事、お金の有る無し、他にもいろいろ…、
何だかみんなとっても違うように思えてしまうけれど、
どんな人も本来は、この5円玉のように皆等しく、同じように価値がある。
ひとりひとりピカールで磨くわけにはいかないけれど、
誰でもみんな本当はピカピカな5円玉のような姿なんだと覚えていたい。

自分もピカピカな5円玉のような姿なはずなのに、
時々忘れてしまって苦しく感じる時もあったりします。
何ができてもできなくても、どこで何をしていても、本来のピカピカした姿や価値が損なわれることは無い。
忘れないようにしたいです。 


磨いた5円がザックザク(^^)

 2011-12-06
今年最後のクラスがあり、湘南のやすらぎの部屋に行きました。

初詣のお賽銭にキレイに磨いたお金を使ったら気持ちがいいんじゃないかと思って、
磨いた5円玉をたくさん持参しました。
今年は早めにクラスがあったので、これから来る人にたくさん持っていってもらえそうです。

大量のお金を磨きたい場合は、お金をしばらく酢に浸してからピカールで磨くと、
面白いようにあっという間にキレイになります。
ピカールで磨いただけではちょっと油臭いので、石けんで更に洗います。
洗面所で泡だらけのキレイなお金をジャラジャラやっていると、銭洗い弁天みたい。
一枚ずつ水を拭きながら「神様にお願い届きますように」と心の中で思います。
そんな事思わなくても、神様はちゃんとお願い聞いてくれていると思いますが(^^;)

これを読んで、自分でもお金を磨いてみたいと思った方、
ピカールがなくても、レモン汁、タバスコ、しょう油、ソース等でも磨けますよ。
クレンザーでも結構キレイになります。
キレイなお金を持って、初詣に行きましょう!まだまだ時間あるし、大丈夫。

わたしも第一弾は終了しましたが、これから身近な人と自分で使う分を磨きます。
今年のお正月、甥っ子姪っ子のお年玉袋にお年玉と一緒にキレイな5円をいれたら、
とっても喜んでくれました。
高校生の息子はキレイなお金を見慣れているので反応薄いけど、初詣でしっかり使ってくれました。

喜んでもらえるのも嬉しいけれど、磨いてキレイになったお金を見るのが嬉しいです。
今回は50枚磨いて、たったの250円なのに、小判のように見えてお金持ち気分を味わいました。

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