ヴィブラートが良くなった

 2011-05-29
ヴァイオリンをやっていると、アーチェリーを始めた頃をを思い出します。
全く知らなかった新しいことを覚える、できるようになる楽しみ、
どこへ向かっているのか、良く分からない不安、
どうしてか分からなくても、時々うまくできたりする不思議な感じ、等。

今回のレッスンで、ヴィブラートが今までよりも良くなって、
先生に、何に気を付けたらそうなったなのかを尋ねられました。
すぐその場では、漠然としたことしか答えられなかったのですが…。

んん?この場面は前にもあったような…?

アーチェリーを始めて1年を過ぎた頃(今のヴァイオリン暦と同じくらいの頃だったと思います)
うまく射てた時に、「今のは、何が良かったんだと思う?」と言われた事がありました!
その時も、とっさには良く分からなくて、あまり言葉にはできませんでした。

ヴァイオリンの先生も、アーチェリーの師匠も、
うまくできた事を振り返って言葉にすることで、それを定着させようと質問してくれているのですが…。
わたしはそれを、「なんとなくこんな感じ♪」とあいまいなままに放置しておくのが好きなようで、
こんな気分でやった時にうまくできた!という、
その時の自分の気持ちのあり方に、その原因を持っていこうとするところがあります。

ものごとへの取り組み方というのは、何をやっても変わらないんだなぁ…。
ヴァイオリンも、「気持ちの問題」で乗り切ろうとしているのか!?

当たり前のことですが、気持ちや気分以前に、まず基本的な技術だと思っています。
だから地道に、時にはしつこく、練習をしています。
ただ、「良い音で」とか「遠くの人に聞こえるように」と言われるだけで、
音や弾き方が自然に変わって、良くなったりするのですよね~(^^)

自分が「気持ちの人」であることが、アーチェリーを通してよく分かったので、
ヴァイオリンの場合にはどんな「気持ちスイッチ」が使えるのか、練習をしながら時々探しています。


ちょっとやり過ぎ

 2011-05-25
ヴァイオリンもアーチェリーも、自分が好きでやっているのですが、
今月はどちらも、やっておきたいことが山盛りで、少しやり過ぎてしまいました。

子どもの頃から、体調を崩したり疲れたりすると口唇ヘルペスができるのだけど、
久しぶりにできてしまって、ちょっと憂鬱です。
疲れているなぁと思っていながらも、いろいろ続けてしまっていたのですが、
からだのほうから「SOS!」が来てしまったので、ちょっと反省。

ヴァイオリンのレッスンは、自分にとって、小さな締め切りのようなもので、
次回までにはこのくらいはできるようになっておきたい、という
自分なりのノルマがクリアできていないとイヤなのです。
家でできるようになったとしても、レッスンではできないことだって多いし…。

昨日、何回も練習してできたような気がしたことが、
次の日になると、またできなくなっていて、
何回か繰り返して練習して、前の日にできたところまで復活させる。
で、またその次の日になるとできなくなっていて…、というのを何日も繰り返す。

でもそのうちに、前の日のレベルまで復活させる時間が短くなったり、
前の日にできたことが、次の日まで保存できていたりする。
こうなるまでに、わたしはすご~く時間がかかるのです(涙)
(他の楽器を習ったことないし、楽譜も読めないし…)
ものすごく、地道な作業の繰り返し…。

ほかの事で、これと同じようなことをしろと頼まれてもきっとできないと思うけれど、
ヴァイオリンは好きみたいなので、全く苦痛ではありません。
夢中になってしまうので、どんどん時間が経ってしまって、
結果、練習時間が長くなってしまうのですね~。

さすがに昨日と今日は、練習を短めにしようと、しつこくやるのはやめました。
でも、結構やった気がする…。


試合の楽しみ

 2011-05-22
試合前にネガティブなことばかり考えていましたが、
夕べ寝る前に、もう一度良く考えてみました。

うまくいかないことばかり考えているけれど、それは自分が望んでいることなのか?
いいえ。
ならば、自分をそのような方向に連れて行くようなことを考えるのは止めよう。
はい、そうします。
本当に、自分にはうまくできないと思っているのか?
う~ん、やるときにはやる、と思っているけど…。
じゃあ、それでいいから、この話はこれでおしまい。
はい♪

朝にはすっきりとした気持ちになっていました。
これまで何度か会ったことのある、
落ち着いて前向きで、まっすぐで中心がぶれていない、いい感じの自分。
自分をこういう状態に持って行くことが、わたしの試合の楽しみ方の一つ。
なかなか日常生活では、こういう機会はないので。

自分だけベアボウなのもほとんど気にならなかったし、
もちろん緊張はしたけれど、
失敗したらどうしようとか、対戦相手の的がどうなっているとか、あまり気にならず、
午前中は練習以上の結果を出せました。

が、お昼を食べてから集中が切れてしまったようで、
みんなミスが増えて、中でもわたしは昨日書いた通りに乱れたのを持ち直せずに終わりました。
ごめんなさい。

最終結果は出場チーム全体のほぼ真ん中。
一応、最低限のお役目は果たせたようで、一安心です。

いつものようにヴァイオリンの練習もしたけれど、
さすがに今日は、いつもと違った慣れない試合で疲れたようで、
全体的に調子は今ひとつでした。


意識し過ぎない

 2011-05-21
この週末もアーチェリー。
今日は朝から練習、明日は試合。

早めにヴァイオリンの練習を終わらせて…と思っていたけれど、結構やってしまいました。
やっぱりアーチェリーのあとは右手の弓の調子がいい!と思ったのもつかの間、その後は微妙…。

明日の試合は、自分の得意分野ではないターゲットの団体戦。
しかも、「リカーブ」という弓の大会なのに私は「ベアボウ」という部門の違う弓の人。
「リカーブ」という弓から的中精度を高めるための部品を外したのが、私の「ベアボウ」という弓。
当然リカーブより当たらないのだけど、クラブの諸事情で私が選手の一人になってしまっています。

選手に決まってから、
私は当たらない弓だし、ターゲットの試合は出たことないし…と
うまくいかない理由が、次から次へと浮かんできて、
やるまえから言い訳ばかり思いつきます(ちょっと、こんなことは珍しいです)

アーチェリーを始めたのは最近ではないし、普通に射てばそれ程外れる事はなく、
普段リカーブの人と並んで練習しているけれど、そこそこ同じくらいに当たっています。
が、試合となると、乱れた時に大きく外れたり、修正が難しいのかベアボウという弓。

少し前に聞いた例え話。
一度自転車に乗れた人は、毎回自転車に乗るときに転ぶ事を想像することは、まずない。
豆腐を箸で掴むとき、普通の大人なら掴めないんじゃないかと心配したりしない。
それを、心配しすぎて転んだり、力が入りすぎて豆腐をグチャグチャにしてしまったり…。
何事も強く思い過ぎない方がいい、というお話。

試合となると、いつも当たり前のように出来ていることが
意識しすぎてうまく出来なくなってしまったり、 
ヴァイオリンでも、チューニングの時にはいい音が出ているのに
「では、始めます」と言われた途端に、力が入ってヘンな音になってしまったり…。

なんか、実に人間らしいというか…。
その時はちっとも面白くないけれど、あとで考えると面白いです。

とりあえず、明日はそのくらい自分を離れた所から見ているような気持ちで、
豆腐を箸でグチャグチャにしないように、やってきます!


弓のあとの弓

 2011-05-17
休日出勤をしたりフィールドアーチェリーに行ったりして、
家ではヴァイオリンの練習もやっているので、ちょっとお疲れモードです。

でも、ヴァイオリンの練習、ひとりで盛り上がっています(^^)
ものにはやらなければいけない時期というのがあると思っていて。
小学2年生で掛け算の九九を習うとか…。
何のためにとか、そんなこと分からなくても、とにかくやるです。

わたしは、今、ヴァイオリンでそんな時期なんだと思っています。
だから昼間に何をしてきた後でも、夜には練習をしています。

日曜日、所属団体のフィールドアーチェリー大会というのがありました。
わたしは自然の中でやるフィールドアーチェリーに行った時が、
最高に自分を解放できるし、公認試合と違って仲間と楽しくやるこの大会は大好き。

そして、帰ってからいつものようにヴァイオリンの練習を始めると…。
右手の弓の調子が、いつもとなんだか違います!
ちょっと、いいんじゃないか…!?

練習の始めはいつも下げ弓のロングトーン(?)というのからで、
弓の根元から先までを使って均一な音を出すことを目指します。
それが、毎回めったにうまくいくことがなくて、
慎重になり過ぎとか、コントロールし過ぎとか、
要するに心配し過ぎで思い切りが悪いので、ダメなのです。

フィールドアーチェリーのあとは、
本当の自分を取り戻しているといったら大げさかのしれないけれど、そんな感じなので、
ただただ素直に楽器に向かうことができるのかもしれません。
そういえば、先月のフィールドアーチェリーの試合の後にも、
同じ事を感じていたのを思い出しました。

フィールドアーチェリーのあとには、ヴァイオリンがうまくなる!
んん~…。
でも、練習の前に毎回山に出かけることはできないし…。
困った…(^^)


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