やりたいことをやっていい

 2011-04-30
「癒しフェスタ」というのに行ってきました。

どこにでも一人で出かけてしまうわりには人見知りで…、
でも、思い切ってリーディングを受けてみました。
なんとなくこのままで大丈夫なのかなぁ…と、まだまだ心配でもあり、
何かメッセージをいただけたらなぁ、と思って。

「しっかり視ます、ハッキリ言います」という看板の言葉に、
何かわたしと同じものを感じて、ともこさんという方のブースへ。
「好きなことして生きていけたらいいなぁと思っているのですが、仕事もしないと…」
というわけの分からない相談にも、やさしい笑顔で応じてくださいました。

たくさん、たくさん、大切な言葉をもらいました。
「今はやりたいことをやる時。自分を掘り下げる時。最愛の自分と出会う時。」
「何かにならなくていい。そのままそこにいるだけですごく貢献している。」
「ただ自分であり続けることだけしていればいい。」
「そのうち、自分の境界を超えてちょうちょのように飛んでいく~」(そういうカードが出ました)
そのほかに、思わず涙が出てしまうようなありがたい言葉も…。

アーチェリーやヴァイオリンについても、
そういうことを通してわたしは何をしたいのか、改めて思い出しました。
上手になるとか、結果を出すというのがやりたいのではなくて、
頭の中を空っぽにして、子どものように夢中になって好きなようにやりたい。

自分の中に偉い先生みたいなのがいて(自我とも言いますね)、
こうしなさいとか、これはしてはいけませんとか、幅をきかせています。
好きなことしていいと言われて、好きなことします!と宣言したくなるわたしは、
まだ心のどこかで、「好きなことしてはいけない」と自我先生の言いつけを守っているんだと思います。

ちょうちょになって飛んでいく頃には、
自我先生の言うことをスルーできるようになるということかな、と思います。
そのために奇蹟のコースも勉強しているんだし(^^)

ともこさん、ありがとうございました。
なんだか、初めて会った気がしませんでした。
「ハッキリ言います」と書いてあったけれど、やさしい言葉でした

リーディングをしてもらったとよだともこさんのブログはこちらです。
  komolebi*こもれびの「わりと楽しく生きてます。」


かばんをつくる

 2011-04-22
今一番よく使っているかばんが、かなりくたびれた感じになってきている。
わたしは流行のものとか、女性らしいのとか、ちょっと苦手で(苦笑)
機能性重視で地味好みなので、気に入ったものを探すのがちょっと面倒だな~と思うのです。
それで、いつも自分でつくろう!という発想になってしまいます。

ついに先週末、かばんづくりを始めました。
靴をつくる勉強はしたけれど、かばんのことはわかりません。
でも自分が使うものだから、正式な(?)つくり方でなくても大丈夫!

どんな形にしようか、インターネットで参考になりそうなのをいくつが見て、
家にある革の厚さ・堅さで出来そうなのを選んで、
(在庫の革の処分も兼ねているので)
あとは、出来上がりのサイズを決めて、どんな部品があればいいのか考えて
そこらへんにある裏紙にメモして…。
それをやっていると、頭の中が楽しく忙しく回転しているのが感じられます。
こーして、こーやって、ここはこんなふうで…。
たぶん、子供がブロックあぞびなんかをしているのとおんなじ状態です。

1日で、寸法決めと裁断と漉き(革の厚みを調整する)まで終わり。
続きをやるのはゴールデンウイーク中に。

取っ手の形と付け方をどうしようか迷っていて、
電車に乗った時に、周りの人のかばんを観察しています。
いろいろ見ていると、だんだん、どんなのにしたいのかハッキリとしてきます。

今、わたしの頭の中にあるかばん、結構気に入っているのですが、
実際に出来上がるものがその通りになるかどうかは?


ヴァイオリンは自分のために

 2011-04-09
この前、自分のヴァイオリンが何かの、誰かの役に立つものだと思いたい…と書いたのですが、
書いておきながら、な~んとなくその文章に違和感を感じていて…。
わたしは、誰かや何かのためにヴァイオリンを弾いているのではなくて、
ただヴァイオリンを弾くのが楽しくて、好きだからせっせと練習しているんだ!!と気が付きました(^^)

自分の思うような音が出せるようになりたい。
わたし自身が弾いていて楽しく幸せになるような演奏がしたい。
それだけなんだな~と。
そのついでに、わたしが楽しく幸せに弾いているのを聴いた誰かが
もしかしてそんな気分になることがあったら嬉しいな~と思っています。

誰かのためにということよりも、
まずは、わたしが幸せで楽しくしていることが大切なこと。
そのことが、結果として周りに対しての大きな貢献になる。
今まで何度も言ってもらっていることなのですが、すぐに忘れてしまいます。

地震があってから、自分に何ができるのか?…と思うことが多くて、
それがいつのまにか、「できること」から「しなければならないこと」のように変わってしまって。
たまには、前のように部屋の電気を明るくして夕飯を食べようかな(^^)

ヴァイオリンとは別に、楽しく、少しだけ貢献できそうなことを思いつきました。
アーチェリーのブログに書いてあります。
無限のアーチェリー 6点で100円募金


音楽の解像度

 2011-04-03
音楽の解像度という言葉があるかどうかわかりませんが…、

ヴァイオリンを習うようになって、
これまで気に入って聴いていたCDの演奏が、
ちょっと音程が外れているとか、走ってテンポが速くなっているとか、
そういうことに気が付くようになりました。
(もちろん、自分の事は棚に上げて、です)

もうひとつ。
これまでもよく知っていたオーケストラの曲を久しぶりに聴いたら、
細部までハッキリと聴こえてきて(音質が良いという意味ではありません)、
弦楽器の弓の動きがなんとなく想像できたり、滑舌の良さが分かったり、
いろんな楽器がそれぞれやっていることがよく聴こえて
それがどんな音楽なのかが、今までよりも分かるようになっています。

視力の落ちた人が、メガネをかけて目にするものがみんなハッキリ見えたような感覚でしょうか。
わたしは視力はいいので、それもあまり実感できないのですが、
音楽の解像度がアップしたというのが分かりやすい表現かもしれません。

さらに不思議なことなのですが、
実際に聴いている音楽だけでなく、
頭の中で再生する音楽が、同じように今までよりもハッキリと認識できます。

バレエの音楽を、数十年聴いて過ごしていましたが、ここ数年は聴いていません。
でもたまに、頭の中で思い出して再生してみることがあります。
そうしてみたら、驚くことに、
こちらも実際に聴いたのと同じように細部までハッキリ聴こえて?くるのです!!
これまで何回も何回も聴いていながら、ボンヤリとしていた部分が、
聴かなくなってからこんなにハッキリと頭の中に聴こえてくるなんて…。

ヴァイオリンを始めて、耳が良くなったのかと思いましたが、
良くなったのは耳ではなく、
音を聴き分ける(聴かなくても!?)脳の処理能力が発達した、と考えればいいのでしょうか?

不思議なことがあるもんですね…。


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