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自分の知らない自分に出会った

 2018-11-05
第一声でビックリして、エレキギターの音をどうしてか「懐かしい…」と感じて、その後、歌を聞きながら涙が出てきてしまった。全く予想外の展開に、自分の知らない自分に出会った気がしました。遠くに住む友人の勧めで一人で出かけたライブで、初めて見るお目当てではなかったゲストの人にすっかりやられてしまいました。

「わたしが思っているわたし」の範囲はとても限られているけれど、実際にはそんな中では収まらない。それなのに自分の知っている範囲に何とか収めようとするから苦しくなるのかもしれません。自分を制限する自分から自由になりたい…。前から何度も思っていますが、久しぶりにまたここに戻って来ました。

わたしが、芸術を特別なものにしておきたくて、それに行き詰まりを感じていて、自分にも行き詰まりを感じているのです、きっと。予想外なぜんぜん違う自分に出会って、もっと自分の感性に素直になりたいと思ったのです。これまで自分を縛ってきたギチギチした枠を捨てて。


週末の仕事が終わったら、特段何も解決していないのにすっきりとした気持ちになりました。久しぶりにオーケストラでの「白鳥の湖」を聴いてきたからか、やはり相棒くん(いつものヴァイオリン)は、妹ちゃん(もうひとつのヴァイオリン)よりも格段に良い音がしているのが、ハッキリと分りました。

余計なことは考えずに、目の前にあることに取り組む中で自分を伸び伸びする方向に仕向けて行きたい。実際にはやらなければならないことに埋没してしまいそうだけど、そうならないように。



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「先生のわたし」と「教わるわたし」

 2018-07-17
以前から、自分が自分自身の名コーチや名教師になって、上手に練習できるようになだめたりおだてたりして導いてあげられたらなぁ…と思っていました。厳し目の言葉掛けで辛く当たることはついやってしまうので、そっちのキャラは間に合ってます(笑)。

自分を自分で育てなおす。
そう考えた時に、「育ててもらうわたし」は小学3年生くらいの感じかな。ヴァイオリンで小学3年生では遅いかもしれないけれど(実際にヴァイオリンを始めたのは42歳だから相当遅いです、笑)、バレエではそのくらいからしっかりやれば良いと思う。人から言われたことが理解できて、どうすれば良いのか自分で考えられるようになる年齢だと、自分を振り返って思います。

どんなふうに教え育ててもらいたいかな…と考えたら、小学3年生くらいから指導してもらったバレエの先生は、とても厳しかったけれど本当に良い先生でした。自分で感じる、考えるように仕向けられ、やる気のある生徒にはそれを活かせるような環境を与えてくれました。

ヴァイオリンだったら、どんなふうに教えてもらいたいかな…と思い浮かんだ言葉は、ヴァイオリンを始めてからずっと教えてもらっている先生にも言われていることでした。結局ですね、先生が言っていることを自分のフィルターを通して受け取っているので、そのままの言葉で伝わってきていないのかもしれません。先生はきっと教える相手ひとりひとりに合わせて言葉の選び方を変えていると思うけれど、わたしに必要なことをわたしが言って欲しい言葉で言ってくれているのではと、今更ながら思います。

それを改めて幼いわたしに言ってあげて、受け取るわたしは心をまっさらにしてそれを「はい!」と聞く。わたしはこれから育てなおす幼いわたしにどんなふうになってもらいたいと思うのだろう?そう文字を打ちながらすぐに答えが頭の中に浮かびました。持って生まれたその種を、存分に葉を育て茎を伸ばして花を咲かせて欲しい。そのお手伝いができたら嬉しい。

そのためにわたしがしてあげられることは何かな。これはヴァイオリンに限ったことだけでなく、上手くいかない時、思うようにできない時は?←またこのところそんな毎日なので、しばらくは落ち込まないようにサボらせないように、ちょっと手間が掛かるけれど優しく見守ってあげます。


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暑い中ミニバラちゃんが咲いてくれました。小学3年生のわたしはこんな感じかな。



プライベートな素のわたし

 2018-06-11
わたしは大抵、いつでも誰といても「○○なわたし」として振舞っていて、それはたぶん、自分が「こういう人でありたい」ということの現れなんだろうと思います。その意識が強いので、そうでない時は滅多にありません。一緒に居る人のことを全然考えられなくなっている余裕のない時とか、頭がカラッポになっている時だけ、本当に素のわたしになってしまうらしい。それはとってもプライベートな姿です。

この前の入院中のリハビリの、かなり年下の女性の先生の目に映ったわたしの姿は、普段の自分とは全然違ったみたい。わたしとしてはとっても真面目にやっているつもりなのだけど、肩を動かす怖さと葛藤する姿がとても頼りなさそうで愛らしく見えたようです。普段そういうキャラではないのでとてもビックリ!意外でした。その先生にはその後もずーっと、わたしがそういう人に見えたままだったようです。

別の日には、シャワーの後でナースステーションにドライヤーを借りに行ったら、看護師さんに「可愛い♪」と言われて、自分では何も考えず油断しまくっていた時だったのでまたビックリしました。

え~、何だか調子狂っちゃいます。自分のことを愛らしいとか可愛いと言いたいのではないのです。普段の、ちゃんとした大人の人でいようとしている時よりも、たまたま現れてしまった素のわたしの方が愛らしい人間に見えるというのが、不思議で予想外だったのです。

今までいつも「大人なわたし」とか「きちんとした人」でいることが良いと思ってそうしていたけれど、そうでない自分でも受け入れられる。もっと素のままの自分でいても良いのかもしれないな。ピンチの時だけでなく、そういう姿でいる方が余計な力が抜けて楽なはず。

「誰かとの間で期待されるようなわたし」としてではなく、「自分自身に期待されるようなわたし」としてでもなく、ただこのままでいる「プライベートな素のわたし」の範囲を少しずつ広げていこうと思います。



新しい年

 2018-01-01
あけましておめでとうございます。

大晦日の夕方から息子が出かけて、初めてひとりで過ごす年越しとなりました。気になることの調べ物をずーっとしてしまい、またご飯を食べるのを忘れ、今日も午前中からその続きをやっています。まったく区切りという感じの無い新年になってしまいました。ひとりでお雑煮食べるのもなんだし…、そういえばまだポストへ年賀状を取りにも行ってない。

そんなことをやっていますが、今年は生まれて初めて初日の出を見ました!今まで元旦は日が昇ってから起きるのが通常でしたが、なんとなくそんな気分になりました。自宅のマンションの屋上からですけどね。大規模補修中で足場に囲まれていますが、その隙間から綺麗な太陽が見えました。


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毎年、新年を迎えるたびにうっすらとした目標を考えています。昨年は「一人で生きていくと決めていたのを撤回する」でした(笑)。そう思ったら、今特定のパートナーはいなくても、わたしは一人ではなくたくさんの人にお世話になって助けられてここまで来たのだなぁと実感する出来事が多くありました。周りの方たちの優しさを感じながら、わたしも人に優しく、自分にも優しく接していきたいと思っています。

それだけでなく、今年は自分をもっと楽しませてあげようとも思います。楽しむことを禁止するクセをやめる(笑)。(←少しそういうところがあるのです。)今年の2月に海外へ旅行へ出かけることになりました。2週間くらい前に決めたことで、急に海外旅行だなんて自分でも意外だけど、そんな流れを大切にしてみます。

日常ではいろいろありますが、ここ何年かは元日はいつも明るい気持ちになります。やりたいことや目標はあっても、ここまでの道のりにはとても満足していて悔いはありません。わたしのことだからいつまでたってもやりたいことは次々に生まれて、やりたいことを全部終えて人生を閉じるようなことにはならないだろうと思います。終わらなくても無念ではありません(笑)。

今年が誰にとっても明るく穏やかな一年でありますように。



ホッとする土曜日

 2017-06-10
今日は土曜日にしては珍しく、仕事も何の約束も無い一日です。家のこととヴァイオリンだけやってればいいのって、幸せです。

この前レッスンの後に左手がすっかり脱力してしまい慌てましたが、1日たったらそれなりに回復してまたなんとなく弾けるようになりました。しっかり押さえるというのはちょっと難しいけれど。でも「できません…」とは言いたくないのですよね。手もリハビリが必要ですね。

で、今日は課題の練習はさておき(←おい、コラ!)、ヴァイオリン体験練習中の明美さんと弾いた「Seek Ye First」という曲を、イメージトレーニング用に3パート重ねて録音してみました。原始的に録音を再生しながら一緒に弾いて…というのを繰り返したので音は良くないし、また音痴が発動して微妙な仕上がりになってしまいましたが、イメージトレーニング用だから。

わたしはクリスチャンでもないのに神さまに親しみを感じていて、この曲もそういった曲です。何にしても自分が安心感やよりどころを感じられるのならばそれでも良いのかなぁと思います。普段だったらダメ出しとツッコミで心穏やかに聴けないところだけど、曲のおかげか自分で弾いているわりにはなんだかマッタリとホッとするような…。

パソコンで再生していたら、そのアプリの中に「預言カフェ」という録音を見つけました。預言カフェというのは神さまから預かった伝言を伝えてくれるカフェです。気になる方は調べてね(笑)。まだヴァイオリンを始める前、2008年~2009年に渡っての3回分の預言の録音です。当時はたしか早稲田のお店でした。

賛美歌からの流れで預言カフェの録音とは、神さまは何か言いたい事が?いや、別に改めて特別なことではないと思いますが。3回分の伝言を久しぶりに聴いて思ったのは、わたしはそれなりに進んでいるんだということでした。当時はどうにもならないような苦しさが胸の中にあったように思います。今も自分の先のことが良く分からないことには変わりないけれど、前に比べて先を見渡した時には明るさが増していると感じられます。

自分に自信がないことや、自虐的・否定的に思うこともまだまだ残ってはいるけれど、それをわたしのほんの一部分として時には横に置くこともできるようになってきました。ちょっと大人になったかも(笑)。いや、もう相当大人なハズですが…。


__ 3  パソコンも携帯もミニバラだらけ


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