時間がないなりにも練習したら成果は出る

 2017-05-18
できない時には無理に練習をしないで臨んだ今日のレッスン、2巡目のクロイツェル14番と31番がなんとか終わりました。「お疲れのところ申し訳ないんですけれど、31番いいですか?(^^)」と先生が恐縮され、いえいえ、こちらこそ練習不足で申し訳ありません。

計画を立ててまんべんなく弾けるようにしていくことが苦手です。できないところをしつこく繰り返したくなり一昨日は14番だけ、昨日はたくさん練習したけれど31番だけで一日かかりました…。31番は音程が分りにくいのです。14番も結構難しかったのですが。

わたしは楽譜を見ても音が頭に浮かばないので、弾きながら正しい音程を確かめて覚えて(31番覚えにくいのです…)、それを何度やっても再現できるように…とやっていると、膨大な時間が掛かります。それをやっても数日開くと忘れてしまうのでまたやり直しです。以前一度やっているけれど音程の難しいところは全部覚え直し。音符の上に↓とか↑とか、たくさん書き込んで、グチャグチャになってしまいました。

時間が無いなりにも練習した成果はあったようで、「頑張って練習していただけたと思います。お疲れ様でした(^^)」と言ってくださいました。何箇所か音程行方不明になったし、途中で止まると次の音が分らなくなったりしましたが。でも1巡目の時は音程が終始行方不明ぽかったので(←これ、相当ダメです)、少し進歩したと思います。

「ツィゴイネルワイゼン」はひと通り譜読みが終わり、冒頭からです。わたしにとっては難しい曲なので文化活動的に…というつもりで始めましたが、やるからには自分のできる最善の演奏にしなくては。先生のお手本に聞き惚れて一瞬鑑賞モードになってしまいましたが、自分もそういう音で弾く!というつもりでやる。そういう気構えというのがわたしには足りないのですよ。それがあったらもっとそれっぽく聴こえるはずです。

今日もレッスンの前には数時間練習してちょっと疲れてしまったけれど、レッスンに行ったら元気になりました。気持ちもスッキリして、帰りに外へ出たら緑がきれいでした。


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今までと違ってヘンな感じ

 2017-05-17
この5月はゴールデンウイークの後も忙しく、気がつけばもう5月半ばですね。ヴァイオリンのこと、気持ちがリセットされたような気がしてやる気はあるのですが、じっくりと練習できないままです。夜、眠たいのに消音機をつけて練習するのは時間の無駄な気がして寝てしまうことにしています。(笑)

朝起きた時にクロイツェルの14番や31番が頭の中で流れていることがあります。そういう時は出かける前に10分でも15分でも、曲の途中まででもそれを弾いてみています。これはきっと時間の無駄じゃないと思う。こういうことはできたらいいなと思っていたけれど今まで実行できなかったので嬉しいです。

少し時間がある時には音痴改善のために分るまでしつこく繰り返すので全く進まず…。ぜんぜん練習が足りない…。でも疲れて寝てしまう…。そういう自分を責めないでいられるのは進歩なのか退化なのか?(笑)

肩のリハビリは疲れなのか筋力低下の再発なのか、上手く力が入らず、「疲れにしても病気にしても、休むことが一番良いですからゆっくり休んでください。」とリハビリの先生に言われ、それをとっても素直な気持ちで聞くことができました。自分にそういう言葉を掛けてあげることが無かったなぁとか、日常的にそう言ってくれる人もいないしなぁなんて思ったりして。

課題の進み具合も断片的、思うこともとっちらかり気味なまま、明日はヴァイオリンのレッスンなのですが、これまでのように追い詰められた気分になっていません。なぜか分りませんが、できないことをとがめるとか焦る気持ちよりも「ヴァイオリン好きだな~」と思っているのです…。わたし、大丈夫なのか…?いえ、大丈夫じゃないことろがいろいろあるのは知っていますけど。


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先日の雨の日に出先で会ったバラ


ただやりたいことを

 2017-05-06
お互いのやりたいことを実現させ合う仲のヒントラボのいとう明美さん、以前ちょっとヴァイオリンを触っていただいた時から楽器の響きに魅了されて、3月にヴァイオリン体験をしてくださいました。その後も定期的にヴァイオリンに触れていたいと、月に一度のペースで二人で練習しています。

ギターやウクレレのアンサンブルのご経験があり、ただ触るだけでなく弾いてみたいということで、わたしはヴァイオリンの先生ではないのでレッスンではないけれど、部活動の先輩のような立場で知っていることをお伝えして一緒に音を出しています。

これまでは鈴木の教本1巻の「きらきら星」を練習していましたが、昨日は明美さんが一枚の楽譜を持ってきました。「Seek Ye First」という賛美歌。練習の前日に参加された『奇跡の道』の訳者田中百合子さんのお話し会で歌ったものだそうです。わたしは日程の都合で行かれなかったのですが、百合子さん訳の『奇跡の道』でACIMを学んでおり、過去2回のお話し会には参加しました。

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知らない曲でしたが、よく見てみると下のパートはG線の1stポジションだけで弾けて「きらきら星」よりも簡単です。明美さんは下のパート、わたしは上のパートを弾くことにして、しばらくの練習の後、合わせてみました。ギターやウクレレを弾いたことがあるとはいえ、ヴァイオリンを触って3回目で合奏ができるなんて、本当にすごい!時々音がちゃんと重なって響いていると感じるときもあって、幸せで嬉しい気持ちになりました。

百合子さんからいただいたこの曲は、ふたりにとってはとても嬉しいものです。百合子さんからというよりは神さまから届けられた練習課題のよう。ヴァイオリンを弾いてどうなるとかこの先どうするとか、そういうことよりも、ただ共に楽器を触って音を重ねて嬉しい時間を過ごすことはとても純粋な喜びのように感じられました。

このところヴァイオリンでも仕事でも、上手くできないことばかりに思えて久々のグルグルモード、心身ともにグッタリしてしまっていました。人と比べるのではなく、わたしができること、わたしがやりたいことをやる。気を散らして元気を失くすのではなく、そこだけをもっと真剣に考えていこうと改めて思いました。数日前には仕事もヴァイオリンも、先に全く道が無いような、足元に地面さえないように感じた瞬間があって怖くなったけれど(大げさなようだけどそう感じて驚いたのです)、昨日は気持ちがスッキリと整理されて「そんなの、これまでだってそうだったじゃない(笑)」と思えました。

今日もこれから出かけて、ゴールデンウイークの仕事もあと一息です。



今は上手く弾けないけれど

 2017-04-26
今日はヴァイオリンのレッスンでした。
クロイツェル13番も30番も、小指を遠くに伸ばす部分や押さえにくい指のかたちがたくさん出てきますが、左手の小指・薬指を上手く動かすことができません。特に小指は伸ばして押さえようとするとピキっと突っ張ってしまいます…。レッスンでは緊張するからか、無意識に余計な力が入るからか、ピキっとなる率が高くなり、途中で何度か止まってしまいました。

現状それは仕方がないとしても、支障の無いほかの部分はもう少し何とかしなくては。もっとちゃんと弾けるようになりたい。それは思うだけではダメなのですが。

2巡目のクロイツェル13番も30番も、途中で少し手を休めながらですが何とか終わり、次回は14番と31番へ。13も30も3ページずつあったけれど、31番は3ページに加えてとっても難しかった記憶があります。頑張らなくては…。

ツィゴイネルワイゼンはたどたどしくも最後までいきました。聴いていて魔法のように感じていたのが何をやっているのかは理解できました。現時点でスラスラ弾けるようにはならないと思うけれど、やがてそうなるための初めの一歩だと考えています。

ヴァイオリンに限らず教えを請う者なら皆同じだと思うけれど、わたしは習っている先生を信頼しています。先生は生徒を選べないけれど、習う側は先生を選ぶことができます。わたしは出来の悪い生徒で申し訳なく思うけれど、少しずつでも進んで行けたらと思っています。





喜びを音にするわたしなりの弾き方

 2017-04-13
今、『ヴァイオリン・マスタリー』という本を少しずつ読み進めています。音楽からだけでなく、わたしには演奏家の写真や言葉から感じることも多くあります。昨日のレッスンの時に先生とその本についてお話しした会話も刺激になって、頭の中が良い意味でモヤモヤとし始めていました。

ハイフェッツはヴァイオリンを習うようになってから憧れの存在で、以前から写真でも映像でも、特に右手の動きやかたちがとても印象的で好きでした。本の中にはハイフェッツへのインタビューもあり、今日もその部分を読みました。

楽器屋さんから持ち帰った毛替えの済んだ弓に少しずつ松ヤニを塗り、点検で駒の位置を調整してもらった相棒くんの開放弦を繰り返し弾きながらモヤモヤを頭の中で廻らせていたら、閃きというか気づきというか、言葉で上手く書けない右手の動きのニュアンスが生まれました。

ヴァイオリンの持ち方も弓の動かし方もいろんなやり方があり、外から見たらその内のどれかかもしれません。でも自分では今までのやり方とはかなり違っていて新しい感覚、最初に先生から習ったのとも少し違います。

バレエもアーチェリーも、目標にするもの(バレエでは美しい動き、アーチェリーでは真ん中に当てる)と自分なりの身体の心地良い使い方を一致させることができていましたが、ヴァイオリンではなかなかできませんでした。ヴァイオリンを弾く時にはいつも身体のあちこちに不自由さや違和感を感じていて、心の中にあるものをその不自由な動きを経由して外に出さなければなりませんでした。

技術的に未熟な上に身体の動きが悪いから上手くできないのだと思っていたけれど、そうではありませんでした。音楽を表現する時の身体の喜びとヴァイオリンを弾く動作を結びつけることがようやくできたように思います。右手を動かすという意識が無いまま、何もしなくても弓が動いて音が出たような気がしました。

その音が美しい音だったかどうかは自分では分からないし、何かおかしな弓の動かし方をしているのかもしれないし、明日になったらどこかへ消えてしまって元に戻ってしまうかもしれないけれど、わたしにとって本当に嬉しい大発見なのです。

手帳の今日の日付の欄に「ヴァイオリンを弾くということが(わたしなりに)分った日」と書き込みました。記念日にしたいくらいに忘れたくない嬉しいことです。明日になっても再現できると良いけれど。



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