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いろいろ試してみて

 2019-10-22
先生のところで弾いた古い楽器のことを思って、肩当て無しで弾いてみたり、アゴ当ても外して弾いたり、チューニングのピッチを変えたり…、すぐにマネしたくなってしまいます。持っているふたつのヴァイオリンで試して、良い音が出たような気がしましたが、状況が変わると自分がうまく弾けないからなのか、今までの方が楽器に合っているのか、結局元通りにした方が良いのかなと感じて今は現状復帰。

ピッチを半音下げた時には、普段響きにくいC♯やF♯がとても良く響いて(いつものDやGが響くのと同じこと)、とても気持ちが良く新鮮でした。そのまま半音上を押さえていつもと同じ高さのアヴェ・ヴェルム・コルプスを弾いたら、豊かな音に聞こえました(たぶんF♯効果だと思う)。自分の楽器は2つとも弦のテンションが弱い方が良く響くような気がして(気のせいかな?)、以前ヴィオリーノという弦にした時にエコーが掛かったような響きになったのと似ている感じだった。

普段通りでないといろいろと不都合なので元に戻してしまったけれど、あれこれ試して元がどんな音だったのかよく分らなくなったのか、以前よりもどちらのヴァイオリンも良い音がしているような気がします。また妄想世界の人になっているかも。

合唱やリコーダーが一段落して、この頃また息を思い切り吸うことをしていないのに気が付きました。大きく呼吸したら気持ちが良いし、ヴァイオリンを弾く時も張りのあるパンとした風船のようなわたしでいた方が良い。ヴァイオリンの音って、胸がいっぱいになる…。自分で弾いた時だけかな…。



肩当てを伝わる振動が…

 2019-05-28
肋骨を痛めてからもなにくわぬ顔をして、だいたい普段のように過ごす振りをして仕事にも行っていましたが、ヴァイオリンを構える姿勢が痛かったので、しばらく練習を休んでいました。ようやく仕事も一区切りついて、身体も楽になってきたので少しずつ練習もやり始めました。

が、しかし…、構える姿勢は無理なくできるようになったけれど、弾き始めたら肩当てから胸に伝わる振動がダメです。直接骨に振動が伝わって、何でもない時はそれが心地良かったのですが、変な響き方でとても苦痛です。少し考えた後、肩当てなしで弾いてみることにしました。

肩当てなしで弾くと、ヴァイオリンの胴体に触れるのはアゴと首と鎖骨と肩。鎖骨に伝わる振動は大丈夫です。少し肩の部分が滑るので、応急的に滑り止め(100均のフタを開ける薄いウレタンみたいなやつ)を間に挟んだら快適になりました。翌日に家にあった革で滑り止めをつくったら、より良くなりました。

いろいろ万全になるまで変わったことはしないでおとなしくしていた方が良いのだろうけど、いつまでも練習しないわけにもいかないし。肩当てしないと、ヴァイオリンがこれまでよりも左横に、高さも少し上になります。こういう時は楽器も弓も低めに持った方が良いけれど、できなくはないです。で、慣れてくると、あれ?この方が弾きやすい??

いえ、正確に言えば、弾きやすさと弾きにくさ、どちらもあります。でも、この方が身体の自由度が上がるような気がするのと、相棒くん(ヴァイオリン)との親密さが増します。実際に密着度がアップしているから(笑)。もちろんG線、D線のハイポジションは弾きにくい。E線は結構大丈夫。ポジション移動はカールフレッシュではかなり難しく(肩当てしてたって同じように難しい…)、ツィゴイネルワイゼンは思っていたよりもできそうな気がします(気がしているだけかも)。

しばらくこれで弾いていようと思います。今週は予定通りレッスンへ行けそうですが、どの程度まで普通っぽく弾けるようになるかな…?無理せずにチマチマやります。



イメージを思い通りに表現できたら

 2019-02-13
普段あまりテレビは見ませんが、今日たまたまNHKのEテレをつけたら「又吉直樹のヘウレーカ!」という番組をやっていました。ピアノを弾くための脳や身体の研究をしている古屋晋一さんという方と又吉さんがピアノに向かっていて、練習の効率化とか、大人になってからでも脳が発達して音楽家の脳に近づくことはできるとか、自分にとって気になる話題で、ずーっとそのまま見てしまった。

「誰もが持っているイメージをそのまま音楽で表現できて、お互いにそれを聴きあって「そんな表現があるんだ!」って共進化していくのが理想。練習に時間をとっている場合じゃないんです。」細かいところは違うかもしれませんが、番組の最後の方でそういう内容の話をしていました。

それができたらどんなに幸せだろう…!

自分が持っているイメージをヴァイオリンで音にしたり、バレエで表現するまでにはとっても時間が掛かって、それでも何とかできるところまで行けるのではと思っていましたが、それは勘違いでやっぱり思うように表現できるようにはならないまま終わるのかもしれないな…と、たどたどしくピアノを弾く又吉さんと自分を重ねながら感じていたのです。

こういう音が出したい・こんなふうに弾きたいと思うことと、実際に自分ができることがかけ離れすぎていて、苦しいなぁ…と思ってしまう。もっと真剣にたくさん練習すれば良いのだと思いますが、現状でも苦しく感じているのにこれ以上というのは現実的ではありません。(…でもすぐに頭の中に「時間がかかっても諦めないでネ」という言葉が思い浮かびました)

あとしばらくしたらそういう研究が進んで、地道な練習をぜずに思うような演奏ができるようになるのかな。遠い未来になればテレパシーで全て通じてしまってヴァイオリンを弾かなくて良くなってしまうかな。でもわたしはこの身体を使ってヴァイオリンを弾いて、その音が空気を震わせて聞く人の気持ちに届く…というのがやりたいのです。

又吉直樹のヘウレーカ!「ピアノで脳の働きが良くなるってホント!?」←クリックするとNHKに飛びます。再放送があり、2月15日午前0時30分~ 午前1時15分です。もう一度見たいので録画しよう。



いろいろやっていますが

 2019-02-06
そろそろ演奏の日が近くなり、ピアノの方に「アヴェ・ヴェルム・コルプス」のわたしの現状を聴いてもらうために録音したら、思ったように弾けず青ざめて何度もやり直しました。自分の弾いているのを聴くのは辛いなぁ…(苦笑)。でもそれを人に聴いてもらおうというのだから何とかしなければ。

翌日には夜にお仕事帰りの明美さんと合奏の練習をしました。出かける前に妹ちゃん(2つ目のヴァイオリン)のペグの調子を良くしようと、弦を外してコンポジション(クレヨンのような、リップのような潤滑材)を塗りました。妹ちゃんはあちこち難ありで、ペグもパキパキいったりすぐに緩んでしまったりするので。ペグに弦を巻くのもペグボックスに弦が当たるようにして摩擦で戻らないようにしなければダメです。

加えて、左手の指の力が弱いので、ペグを力の入れやすい向きに調節しなければならず、何度もやり直していたらE線のループの部分が切れました!うぅー…。慎重にやっていて、全然張り過ぎたりしていないのに…。寿命だったのかもしれません。

合奏の練習は、またドラムセットやアンプが置いてあるタバコくさいスタジオ(笑)を借りました。後は当日になってしまうので、曲の練習だけでなく並ぶ位置を決めて始まり方を練習して。こういうのは舞台の仕事をしているわたしは、なんなく出来るんだけどな。

途中で休憩している間に、ピアノ伴奏は無いけれど「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を聴いてもらいました。前の日に青ざめながら練習したので、少し良くなっていたと思います。家で弾くよりもスタジオは少し広く天井も高いので良い音に聴こえて、そうするとその気になって良いのかもしれません。少しだけ安心しました。

アゴ当て肩当て問題は一旦落ち着いたのですが、首・背中・左手は楽になった代わりに、上腕と肩に負担がかかって痛くなってきて、なかなか全部を良い状態に調整するのは難しいようです。演奏の曲にかまけていたらレッスンの課題が手薄になってきて、これも全部をそれなりの状態にしていくのは難しいです。

何のためにやっているのか、どうしたいのか、どのくらい練習するのが無理が無いのか、落ち着いて考えて、意図を持ってやる必要がありますね。


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妹ちゃんのペグにはたくさん穴があいています。(???)



嬉しいことがありました

 2019-01-07
相棒くん(ヴァイオリン)の音がとても良くなりました。良くなりすぎて(?)わたしがちょっと置いてきぼりにされたような気持ちになっていました(笑)。相棒くんひとりで明るいキラキラした場所へ行ってしまったような気がして。そして、わたしが自分のことをどう感じているかに気が付いた。なんとなくいろいろ上手くできなくてイジイジしている人のように思っているんだ…。

明るい音になった相棒くんに置いていかれないように、わたしも変わっていこう!たいした根拠もないのに自分に良くないイメージを持っているだけなのだと思うのです。で、初日の出にもお願いしてきたのでした。

でも!相棒くんをもう一度見てもらう機会があり、よく響くわたしの好きな音になりました!わたしは本当に恵まれている。「良い顔をしている」と相棒くんが褒められると親バカなので自分が嬉しくなります。いろいろと貴重な体験過ぎて、やっぱり少し緊張していたのか、帰ったら頭痛が…(笑)。

とても良い楽器と弓で良い音で楽器や弓に合わせた弾き方を教えてくれる先生に習えて、楽器が性能を充分に発揮できるように調整できる人に相棒くんをお願いできて、わたしは本当に幸せな場所にいる。だからわたしは、やっぱりよく響く良い音で弾ける人になりたいな。環境は整っているので、あとはわたしができるようになれば良いだけですね。

久しぶりにクライスラーを聴いて、そうだ、わたし、そういう演奏が好きだったんだ~と思い出しました。ここしばらく、足踏みしているように感じていたけれど、わたしはわたしのペースで、わたしができることをやっていけば良いのだった。それを思い出したら、何だか少し安心しました。他の人のようには弾けなくても、わたしの音で良ければ、弾きたい曲はたくさんあります(^^)。



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