たどり着くのは自分に必要なこと

 2018-01-22
来月の中欧旅行に関連して、チェスキー・クルムロフという場所について調べていたら、「ロマ」という言葉を見つけました。

ジプシーという言葉には差別的な意味合いがあるそうで、それに変わるのがロマということのようです。ツィゴイナーとか ツィガーヌもジプシーと同じニュアンスなのではと思います。他のことを調べていたのに、気になることの行き着く先はは音楽に結びつくことでした。いえ、わたしが音楽に興味関心があるので、なんでもそれに結び付けて考えてしまうのでしょう(笑)。

「ツィゴイネルワイゼン」も「ツィガーヌ」もヴァイオリンでは有名な曲ですね。情熱的だったり激しかったり、わたしのようなあっさりしたそっけない弾き方では成り立たないような曲です。自分の中に情熱的な何かを探して掘り起こしている最中です(苦笑)。もっと血が騒ぐようなエネルギッシュな感じにならないものか…。(それ以前に問題山済みなのは承知していますが)

情熱的なそういう血が流れている人が弾いたらどんなふうになるのだろう?そう思って探したら、シャーンドル・ラカトシュ(Sándor Lakatos)という人のチャルダッシュをみつけました。(弾いている映像はありません)




でも、ラカトシュで検索すると出てくるのはこちらのロビー・ラカトシュ(Roby Lakatos)の方が多いです。さっきのシャーンドル・ラカトシュは彼の叔父さんらしいです。こっちのチャルダッシュ、もうすご過ぎて笑うしかない(笑)。




目をつぶってもう一度聞き比べたら、最初のシャーンドル・ラカトシュ叔父さんの方がとっても好き。ヴァイオリンを始めたころ「踊るように歌うように遊ぶようにヴァイオリンが弾きたい」と思っていたけれど、それはこういう音楽なんだよな~。今、その希望を取り下げた訳じゃないけれど、そんなふうに弾きたいと思うと同時に身体のどこかに緊張感が走るのを感じます。まずそこが違うのよ…。

ツィゴイネルワイゼンを弾いているのはありませんでした。他の、なんだか濃い目のお姉さんが弾いているのを見つけて参考にしています。いつまでたっても全然それっぽくならないので、この前のレッスンで先生がわたしに分かりやすい踊りや動きに例えてくださいました。何となくでも、ちょっとでも、そんな雰囲気でできるようになりたい。



一区切りついたような気がします

 2017-12-30
27日に今年最後の仕事が終わり、翌日はたくさん寝てボーっと過ごし、昨日は神経内科の診察の日でした。今月は終わりの方はかなり疲れてしんどいな~と感じていた一方で、肩は相変わらす関節が離れ気味で装具をしているものの、疲れてもさらに悪くはなりませんでした。

ここには書きませんでしたが先月の終わりに久しぶりに神経の検査をしました。その時に、先生が「これなら良くなると思いますよ。」と言ったのです。「良くなる人もいるし悪くなる人もいる」「この病気は…ね。(難しい)」と言われてきたので、ついうっかりそんなことを言ってしまったのだろうと思って聞き流していました。

昨日改めて筋力や腱反射を診て検査の結果と合わせて「だんだん良くなっていくのではないかと思います。」と言われました。肩が脱臼しやすいことやリハビリの成果が出ていないことは自分が一番良く知っていて、どうなっていくのかな…と思ってはいるけれど、「良くなる」と言われたその言葉を選んで、そうなっていこうと思います。

久しぶりにヴァイオリンの練習を少しして、ツィゴイネルワイゼンの好きなフレーズも弾きました。先日ボスのマニアックなバレエの踊り方の話を聞いてから、ある人がわたしの頭の中でそのフレーズを踊るようになりました。その人だったらこんなふうに踊るに違いない。それをわたしはヴァイオリンで音にするんだ。楽譜に書いてあるアクセントも強弱も、全部その通りの踊りになっているから、ただそれを弾けばいいのです。

誰に教わったのでもないわたしだけのやり方だけど、ようやくそれが少しできる段階に来たのかもしれません。踊るように弾くというずっとやりたかったことが、これからできるようになっていきたい。

穴の中から少し明るいところへ出てきたような…。ああ、「トンネルから出てきた」というのはこの感じのことを言うのかもしれませんね。これまでと何かが大きく変わった訳ではないし、はっきりとした区切りがついたのでもないけれど、これが新しい段階の始まりだったら嬉しいです。



ひとりでリハーサル

 2017-11-17
明日のヴァイオリンの会の会場でリハーサルして来ました。

先回2月の時と同じ場所なので勝手は分かっていますが、来てくださる人数分のイスを並べて、わたしはどこに立つのがいいか確かめて、季節が違うので空調はどうだろうとか…、いつもながら細かいことが気になります。(裏方根性ですね、笑)当日の服に着替えて靴を履いて(今回はカカト低めの靴です)、なかなかヴァイオリンを弾くところまで辿りつきません。

1週間くらい前に思いついたことがあって、そのチェックも。今までやったことがないことなので実際に聴く人がどんな感じになるのかは分からないけれど、自分としては想像していたのとそんなに変わらない状況でできそうだと思っています。

さんざんいろんなチェックをした後でようやくヴァイオリンを出して練習を。やっぱり響くお部屋で弾くのは嬉しいです。1曲ずつ確認をしていたら時間がなくなってきて、最後に通して3曲弾いたら、あらら、なんだかグダグダです…。集中力がなかったのか、問題多発。なんだ、いろいろ妄想してはいても、結局いつもの通り音痴でヘタクソじゃないか…。

がっかり、どんよりして帰宅して、録音とビデオを見たら少し冷静になって、問題のあるところをもう一度ゆっくり弾いて確認したら落ち着きました。自分で自分を諦めたりいじめてはいけない。優しい先生にならなくちゃ(笑)。それなりに弾いているつもりでも、無表情でつまらなそうに見えます。それは先回の直前でも思ったこと。ホントにわたし、地味で淡白です~。

でも、ハデにしようとか余計なことは考えずに、音楽のことだけ考えて弾こうと思います。見た目をどうこうしようとするのではなく、音楽に忠実になれば、見た目も含めてそれにふさわしいわたしになるのだ!と信じます。

3曲とも今までで一番良く弾けるのが理想ですが、そうでなかったとしても、聴いてくれた人が何かを感じてくれたらと思います。わたしの達成感が得られるよりも、無事に任務を遂行できたらと思っています。



心の扉をたたく音

 2017-11-16
ヴァイオリンの会は明後日の土曜日です。一時はできないのではないか?止めようか?と思った時期もあったけれど、改めてやろうと決めてからは落ち着いて、今も静かな気持ちです。焦ったりしていないのですよね…。うん。

肩の調子はあまり変わらないけれど、大リーグボール養成ギプスならぬヴァイオリニスト養成ギプス(←うそです。脱臼防止のサポーター)をしていると良い音が出るようなので当日も装着して弾く予定です。大リーグボール養成ギプスってどんなの?と思って検索してみたらちょっと自分のと似ている。さすがにバネはついていないけど(笑)。

今も曲を育て中(笑)で、レッスンで見ていただいてからは楽譜はいじっていないけれど、指や弓やその他いろいろ見直しています。直前に変えると分からなくなるのでフィンガリングは昨日、ボーイングは今日確定しました。今日はスーパーの帰りに歩いていたらハイフェッツが弾くユーモレスクが頭の中に流れてきて…、家に帰ってユーモレスクを弾いてみたらグチャグチャになっちゃいました(笑)。一瞬ビックリしたけれど、いつもの調子で弾いたらなんとなく元通りになりました。

会はわたしがヴァイオリンを弾いて、来てくれた方に聴いてもらうのだけど、発表会や演奏会というのとは少し違う催しです。「ヴァイオリンシェア会」という会で、副題に「~心の扉をたたく音~」というのがついています。以前わたしのヴァイオリンをそう言ってくださった方がいました。未熟な演奏でも何かを感じてもらうことができるのをこれまで心優しい友人たちが教えてくれたので、それぞれ感じたことをシェアしましょうという趣旨です。

思うことはいろいろあるのですが、ここで文字にするのではなく当日音にできたらなぁと思っています。これまでとはずいぶん心境が違って、わたしはそこでどんなわたしになるのだろう?と少し心配で少し楽しみです。明日は当日と同じお部屋を借りてひとりでリハーサルして来ます。借りておいてくれた自分、ありがとう。たまには優しいところもあるのね(笑)。



妄想を音にする

 2017-10-24
11月にヴァイオリンの会をすることになっています。わたしの未熟なヴァイオリン、せめて聞く人が望む曲ならば聴いてもらえるのではないか?と曲をリクエストしてもらい、でも技術的にできることが限られているので「リクエストは歌で」というシバリがある会です。

当初(今回で3回目です。いつも終わって凹むのに懲りないわたし、笑)、苦し紛れに決めた「歌」というのが、思いのほか良かったというか、学ぶことが多いというか。ヴァイオリン用にでき上がっている楽譜を弾くのと違って、ヴァイオリンひとつだけで曲として成立するように考えて、元の歌の良さを損なわないボーイングやフィンガリングを探す作業が必要です。

数年前にヴァイオリンを始めるまで他の楽器をやったこともなく、楽譜も苦手で、音楽的素地が無いわたしにはかなり難しいことです。音楽を身体で表現するバレエには仕事も含めて長く関わっているので、それは少し音楽と交わる部分ですが。その影響か、良くも悪くも気持ちやイメージだけが先行します(笑)。

リクエストしてくださった人を思い浮かべて曲の世界を育てます。←この妄想期間が長い・・・。参考にするためにいろいろ探して聴いても、ヴァイオリンひとつでそんな演奏をしているものはまずありません。どれを聴いても、わたしがやろうと思っているのとは違うと思ってしまいます。それを音にするためにどうやって弾くのが適切なのかを、ヴァイオリンを始めてから教えてもらったまだ多くはない蓄積の中から考えるのは難しいけれど、実はなかなか楽しいのです。

前回の「愛の賛歌」は、やりたいことを音にするための方法はとても良かったけれど、自分には難し過ぎて玉砕して残念な結果になってしまったので、それは避けたい・・・。そういうことはもっと上手な人がやることかもしれないし、自分がそれ以前だということは承知してはいます。やりたいことを音にできるためには、やっぱり技術が必要なんですよね・・・。クロイツェルやカイザーはできた気がしないまま進んで来たけれど、自覚がないなりに少しずつ身になっていると思いたいです。

先日のレッスンでヴィブラートの練習の時に「(音が)だんだん遠くへ行ってしまっていますが、むしろだんだん近づく感じに(^^)」と先生に言われました。その時、まさにそういう気持ちで音を出していたので「わたし、思い通りの音が出せるようになっている?!」と驚きました。でも、思うことが間違えていましたね・・・。



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