良くないのは弓か楽器か、それともわたしか?

 2017-04-10
4月になり息子が社会人になって、生活のリズムが変わりました。これまでよりも生活時間帯が早くなり、ヴァイオリンの練習をしていた時間が夕ご飯の時間になってしまって、練習ができない日があったり。生活のリズムだけでなく、何だか気分も変わって、わたしはこんなに人の影響を受け易いのかと自分で驚いています。

ようやく時間の使い方が少し分かって、練習ができるようになりました。肩や手の調子は日によって色々ですが、ヴァイオリンは弾きやすくなってきているように思います。ヴィブラートは手首からのヴィブラートにすると決めたので、目標がはっきりして少し進歩したような気がします。(また気のせいかもしれないけれど、笑)

相棒くん(ヴァイオリン)は駒がデリケートなので、消音機を付けるのは妹ちゃん(新入りヴァイオリン)と決めています。でもいつもそれでは可愛そうだよなぁと、昼間に消音機をつけない状態で弾いてみたら、ん~、こんな感じだったっけ?あまり良い音がしていません。

いつも押さえつけられていたら機嫌も悪くなるよね…。しばらく弾いていたら音が出るようになったような気がしたけれど、次の日に駒を調整(?)したら、おお!開放弦で弾いたらよく響くようになりました!そこで練習中のクロイツェル29番を弾いたら、全然良くないです…。ヴァイオリンのせいではなくてわたしの問題ですね。29番は相棒くんでも良い音が出ません、笑。

それにしても音が出なさ過ぎなのでは?松ヤニがまた塗り足りないのか?今使っている松ヤニ(1月に買った)が合わないのか?弓がおかしいのか?毛替えをした方が良いのではないか?もう1本の弓で弾いてみたら毛の状態はこっちの方が良いかな、松ヤニが前のだからかも…。また、何が何だか分からなくなってきました。

おかしいかもと思った弓に、以前から使っている松ヤニを塗ったら、気のせいかもしれないけれど少し良いような気がして落ち着きました。ヴァイオリンや弓の状態が良いのか悪いのか、わたし自身の調子も良いか悪いか、自分の気持ちもなんだかなぁ~という調子で、今日もツラツラと取りとめのないお話しでした。

でも、ちょっと気力は戻って来ています。頭の中でクロイツェル29番がグルグル回っています。



演奏の時の靴や服

 2017-02-25
先日のヴァイオリンの会で一体何を着たら良いのか、かなり悩みました。来てくれる人に喜んでもらいたいという思いはあるけれど、実際にはどうしたものか…。
わたしの楽しいことのお相手、ヒントラボのいとう明美さんにアドバイスをもらい、責めの姿勢で(笑)服を選び、その後に靴を買いました。

ヴァイオリンを弾く時には脚を開くこともあり、だから長いドレスを着ることが多いのでしょうね。前回の自分の写真を見て、そう思いました。(短めのスカートで脚を開くのは美しくない…)
でも、ドレスのように長いのは大げさすぎるので避けたい…。ん~、靴が見えるのならヒールは高くないと綺麗じゃない。(ドレスだったら靴は低くてもいいのかな?)

で、買ったのはこんなのでした。

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わたし、極端すぎる…。9センチヒールです。(ピンクの紙はお店の人が包んでくれたもの)

でもね、バレエでルルベ(背伸びの状態)することを考えたら、その状態にかかとの支えがついていると考えればいいんじゃないの?と。時々ものすごく楽観的な自分に驚きます。

以前ヴァイオリニストの渡辺玲子さんがバレエの舞台でヴァイオリンを演奏されたことがあり、その時に短めのスカートでこのくらいの高さのピンヒールを履いていたのです。
わたしは既にヴァイオリンを始めていたので、「こんなの履いて弾けるんだ!!」と、舞台袖から演奏だけでなく、その所作も観察させていただきました。

買った日から家でこの靴を履いて練習を始めました。
最初はグラグラしてヴァイオリン弾くどころじゃない状態でしたが、足に合うように中にパットを貼っていろいろ調整したら、ヒールが3センチくらい低くなったように感じて、けっこう快適になりました。

で、最終的には、靴を履かずに練習した後でこの靴を履いて弾いたら、
なんと!その方が良い音が出るというところまで来ました!
靴の高さで姿勢が変わることで、体幹にしっかりと力が入るのかもしれないし、気分の問題もあるのかもしれません。わたし、ヒールを履いて気分が上がる人だったのかな?ビックリ。(笑)

着る服の方も攻めの姿勢で(一体何を攻めてるんだか、笑)露出の多いものになり、腕が丸出しでした。露出に耐える身体かはまあ置いておいて、弓を動かすにはとても自由でした!

男の人は普通に革靴だから普段通りでいいなぁ~と思うけれど、ワイシャツやネクタイ、スーツを着て演奏するのはかなり大変なのでは?
以前ライブで弾かせてもらった時にジャケットで弾いたら窮屈でした。

普段はたくさん着ているのに、急に慣れない薄着をしたからか、
会が終わってから風邪気味です…。(笑)


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アゴ当てを交換してみたけれど

 2017-02-15
ここに書くの、1週間ぶりになってしまいました。
毎日いろいろやっています。
お腹が痛いとか腰が痛いとか肩が…とか(先日のバレエのせいではありません)、
気分がマッタリしてやる気がなくてお昼寝してしまったり…。
いえ、そういうことではなくて、21日の会に向けて練習をしています。

今更ですが、ヴィブラートが上手くできない。
それでも新入りヴァイオリンの妹ちゃんだと少し上手くいきます。
なぜだか、ヴィブラートをかけたい気持ちになる。

そこを気持ちの問題で片付けてはいけないのです。
相棒くんと妹ちゃん、何が違うのかといえば、
物理的に大きく違うのはアゴ当てで、それで構え方や手の動かし易さが違ってくるのか?

ふたつのヴァイオリンのアゴ当てを交換してみました。
相棒くんはいつものカチッとした感じから、ちょっと気楽な雰囲気になり、
肝心のヴィブラートは、ん~、あんまり変わらないかも。
それよりも、音が…!!!全然良くない(涙)。

妹ちゃんの方は、ちょっと重たい雰囲気になり少し偉そうな感じ。
でもわたしは妹ちゃんの伸び伸びとしたところが好きなので、これは違うかな。
こちらもアゴ当てが変わってもヴィブラートの動きにあまり影響はありません。

どっちも音が好きじゃない感じになってしまって、速攻却下です。
元に戻したら、どちらも良い音になりました。(^^)
まあ、その状態で良い音になるようにいろいろやっているのだから当然といえば当然ですが。

では妹ちゃんでは何故ヴィブラートがやり易いのか?
ふたつの楽器を良く比べたら、妹ちゃんの方が少しネックが細いのです。
(楽器自体も、少しだけ腰周りがスリムですが)
その違いで、親指の位置がほんの少し変わり、ヴィブラートがやり易くなるみたい。

相棒くんで同じようにネックを持とうとすると、腕を今よりもたくさん捻る必要があり、
それをやると肩に負担がかかって、ん~、ちょっとまた離れてきてしまいました。

無理しないで今までの状態でも、意識して手の力を抜いたり動かし方を注意したら
少しヴィブラートがやり易くなったようです。
やっぱり気持ちの問題か?いえ、これは意識の問題ですね。
だまっていても勝手にヴィブラートが掛かってしまうようになるまでは意識し続けなくちゃな。



先生の演奏を聴きに

 2017-01-31
昨日は夜にヴァイオリンの先生の演奏を聴きに行きました。
演奏会ではありませんでしたが、先生の演奏を聴ける貴重な機会でした。

発表会などあれば先生が演奏されることもあるかと思うけれど、幸か不幸か発表会はないのです。
そのおかげ?で、発表の場を求めて今のわたしの謎の活動が生まれたのかも(笑)。

あまり早く着いてもご迷惑かと少し時間を潰してから会場へ行くと
ドアの内側からヴァイオリンの音が聞こえて来ました。
ちょうどレッスンで良くすれ違う方と会って「あ~、やっぱり綺麗な音ですね~!」
「自分が弾くのではないのに、なんだか緊張しますね…。」と、演奏が途切れるまでドアの外で話しました。

ホールの中で聴くと、本当に良く響く美しい音でした。
先生と先生のヴァイオリンから生まれてくる音は、いつも通りの広くてあたたかい音でした。

先生に教わっていれば、いつかわたしもあんな音が出せるようになるのだろうか?
もしあそこでわたしが自分のヴァイオリンを弾いたらどんな音に聴こえるのだろう?
そんなことも、ちょっと思いました。

少し緊張はされていたかもしれませんが、
音楽に向かう姿勢も、人に対しても、1対1のレッスンの時と少しも変わることがなく、
そういう方がわたしの先生であることをとても嬉しく思いました。

全ての曲がヴァイオリンとギターの合奏でした。
ヴァイオリンとピアノの、「いかにもクラシック」という雰囲気とは違い、
しっとりとした落ち着きのある雰囲気や、おしゃれな感じや軽さなどもあって、
素敵な組み合わせだなぁと感じました。

演奏が終わり帰る時に、先生に習っている先輩で
以前このブログを見てお金磨きに来てくださった方が声をかけてくださいました。
途中まで電車で一緒に帰りながら、いろいろお話ししました。
先生に習っている他の人の演奏を聴いたり、こうしてお話できる機会があるといいな。

昨日はわたしの誕生日でした。(40代最後の…笑)
昼間は予定外のこともあったけれど、先生の演奏を聴き嬉しい気持ちになって帰ると、
家には息子が買ってくれたケーキが待っていました。
良い一日になりました。(^^)



「その心は?」が分らない

 2016-12-13
ひと月くらい前から心境の変化というか、風向きが変わったというか、
心の奥にあったことが浮上してきたような感じがあります。
(新しいヴァイオリンと弓が欲しくなったのもそのひとつ)

今月に入ってから更に大きなのがやってきて(ヴァイオリン以外のことです)、
わたしのこれから先は、これまでの予想とは違ったものになるのでは?と思っています。
まだ上手く書けないけれど、もっと嬉しい方向に向かいたい。

それとは対照的に、現状は今まで通りというかそれ以上に足踏みしている感が…。
息子くんが体調を崩したり(いろんな面で自分のよりこたえる、もうかなり良いですが)、
マンションに夜間の騒音についての張り紙が掲示されて、
夜は消音機で練習しているものの、「楽器の演奏」という文字が自分のことかもしれない、と
音を出すのが怖くなってしまったり。
家でのわたしはとても消極的な縮こまった感じです。

ツィゴイネルワイゼンが進まない。細かい音符がどう弾いて良いのか分らない。
分らないも何も、ゆっくりでもまずは書いてあるように音を出せば良いのです。
それができない…。

わたしが「わかる」というのは、何なのだろう?
楽譜を見て音符の長さを見て、というのとは違うみたいなんです。
そう書いてある、その心は?みたいなことが分からないと全然できない。

その心は?というのは、書かれていることが全部その通りにできて初めてわかること。
クロイツェル23番もそうだったけれど、
今のわたしではゆっくりたどたどしく音を出すのが精一杯なので、何をやっているのか分らないのです。

こういうのは、機械的にでも無意識にでも音を出しているうちに、
分かってくるというものなのかもしれません。

進みたいとは思っているのです。
こじつけでも何でも良いから、わたしなりに理解すればよいので、
苦し紛れにそうやっています。(とても時間が掛かる…)

普通に弾ける人には、わたしの書いていることが意味不明かもしれません。
力量を超えることに取り組んでいるのは承知しています。

夜は音を出すのが怖くなってしまっているのであまり練習にならない。
やろうとすればいろいろな方法はあるとは思うのだけど。
ピチカートで音だけ拾うとかやってみたけれど、余計に分からなくなる。(笑)



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