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ホールは演目があってこその場所

 2020-03-05
イベント自粛の影響で、行こうと思っていた演奏会も中止になってしまいました。その中の一つがクレーメルとアルゲリッチのデュオリサイタル。追加公演のチケットを思いがけず良い席で取れて「オシッ!(ガッツポーズ)」と思っていたのに残念です。

幻になってしまわないように少しでも物質化しておいた方が良いと思って(笑)、先日、中止決定の前にサントリーホールへ発券してもらいに行きました。サントリーホールでも、もうかなりの演奏会が中止や延期になっており、普段の華やかな雰囲気とは違いました。ホールはそこでの催し物があってこその場所です。またここで多くの人の喜びが交わされる日が早く戻ってきますようにと、思いを残してきました。

入口の上の部分の緑がある空間、前から気になっていて時間があったので探索してみました。公園・植物園のようになっており、静かな穏やかな場所で、雪柳がキレイでした。

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日常の中で手洗いなどは実行していますが、マスクは花粉症のためだし、外出も外食もしています。それほどニュースやSNSを熱心に見ていないので、トイレットペーパーがデマで売り切れと知ったのはかなり経ってからでした。うちのストックがもうすぐ無くなるのでそろそろ買いたいなぁ…(笑)。

実際に新型コロナウイルスが感染拡大しているのなら、今月中はみんなでおとなしくして、早く収束すると良いなぁと思います。何だか本当なのか何なのか、ウイルスは目に見えないし、ちょっと疑ってしまうのがあまのじゃくな自分の悪いところです(笑)。そんなこと言っていられる状況のまま早く終わって欲しいですね。



自分の楽器にのぞむ音

 2019-12-10
12月になりました。もう10日ですが(笑)。

練習がなかなか思うようにできない理由を挙げても仕方ないのでしませんが、それでもヴァイオリン好きだなぁとか、仕事中にやっぱりバレエはいいなぁと思う瞬間もあって、そう感じられる事は幸せだなと思います。

ヴァイオリンの練習は毎日やるものとされていますが、なかなかそうできていないことに対する罪悪感のようなものが以前よりも薄れて来ました。これは進歩なのか退化なのか?心が苦しくなってもそうでなくても練習できないことに変わりなく、それならば気持ちが平和な方が健全なようにも思います。

先回のレッスンの後、弓の毛替えに行き、楽譜を見る用のメガネを新調し、チマチマとできることは進めています。で、明日は工房へ行ってヴァイオリン(相棒くん)の駒を調整していただくことになっています。

嬉しく楽しみなことですが、自分の「音に対する感性」にはあまり自信が無いのです。何かが違うという違和感は良くわかっても、言葉で表現するのはうまくできません。加えて、曲によって出したい音は変わってきます。わたし自身が未熟で出来ないのを相棒くんに助けてもらえたらなぁ。「こういう音がいいんでしょ?」という感じで(^^)。

わたしにとってヴァイオリンを弾くというのはどういうことか?どんな音楽がしたいのか?というのを考えています。それを「こんな音に」と言葉で伝えるのは難しいけれど、できるといいな。わたしから出た言葉を飛び越えて、思っていることが伝わるようなことがあるかもしれないし。


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寒い中、今年最後のミニバラの花が、毎日少しずつひらいています。



いろいろ試してみて

 2019-10-22
先生のところで弾いた古い楽器のことを思って、肩当て無しで弾いてみたり、アゴ当ても外して弾いたり、チューニングのピッチを変えたり…、すぐにマネしたくなってしまいます。持っているふたつのヴァイオリンで試して、良い音が出たような気がしましたが、状況が変わると自分がうまく弾けないからなのか、今までの方が楽器に合っているのか、結局元通りにした方が良いのかなと感じて今は現状復帰。

ピッチを半音下げた時には、普段響きにくいC♯やF♯がとても良く響いて(いつものDやGが響くのと同じこと)、とても気持ちが良く新鮮でした。そのまま半音上を押さえていつもと同じ高さのアヴェ・ヴェルム・コルプスを弾いたら、豊かな音に聞こえました(たぶんF♯効果だと思う)。自分の楽器は2つとも弦のテンションが弱い方が良く響くような気がして(気のせいかな?)、以前ヴィオリーノという弦にした時にエコーが掛かったような響きになったのと似ている感じだった。

普段通りでないといろいろと不都合なので元に戻してしまったけれど、あれこれ試して元がどんな音だったのかよく分らなくなったのか、以前よりもどちらのヴァイオリンも良い音がしているような気がします。また妄想世界の人になっているかも。

合唱やリコーダーが一段落して、この頃また息を思い切り吸うことをしていないのに気が付きました。大きく呼吸したら気持ちが良いし、ヴァイオリンを弾く時も張りのあるパンとした風船のようなわたしでいた方が良い。ヴァイオリンの音って、胸がいっぱいになる…。自分で弾いた時だけかな…。



肩当てを伝わる振動が…

 2019-05-28
肋骨を痛めてからもなにくわぬ顔をして、だいたい普段のように過ごす振りをして仕事にも行っていましたが、ヴァイオリンを構える姿勢が痛かったので、しばらく練習を休んでいました。ようやく仕事も一区切りついて、身体も楽になってきたので少しずつ練習もやり始めました。

が、しかし…、構える姿勢は無理なくできるようになったけれど、弾き始めたら肩当てから胸に伝わる振動がダメです。直接骨に振動が伝わって、何でもない時はそれが心地良かったのですが、変な響き方でとても苦痛です。少し考えた後、肩当てなしで弾いてみることにしました。

肩当てなしで弾くと、ヴァイオリンの胴体に触れるのはアゴと首と鎖骨と肩。鎖骨に伝わる振動は大丈夫です。少し肩の部分が滑るので、応急的に滑り止め(100均のフタを開ける薄いウレタンみたいなやつ)を間に挟んだら快適になりました。翌日に家にあった革で滑り止めをつくったら、より良くなりました。

いろいろ万全になるまで変わったことはしないでおとなしくしていた方が良いのだろうけど、いつまでも練習しないわけにもいかないし。肩当てしないと、ヴァイオリンがこれまでよりも左横に、高さも少し上になります。こういう時は楽器も弓も低めに持った方が良いけれど、できなくはないです。で、慣れてくると、あれ?この方が弾きやすい??

いえ、正確に言えば、弾きやすさと弾きにくさ、どちらもあります。でも、この方が身体の自由度が上がるような気がするのと、相棒くん(ヴァイオリン)との親密さが増します。実際に密着度がアップしているから(笑)。もちろんG線、D線のハイポジションは弾きにくい。E線は結構大丈夫。ポジション移動はカールフレッシュではかなり難しく(肩当てしてたって同じように難しい…)、ツィゴイネルワイゼンは思っていたよりもできそうな気がします(気がしているだけかも)。

しばらくこれで弾いていようと思います。今週は予定通りレッスンへ行けそうですが、どの程度まで普通っぽく弾けるようになるかな…?無理せずにチマチマやります。



イメージを思い通りに表現できたら

 2019-02-13
普段あまりテレビは見ませんが、今日たまたまNHKのEテレをつけたら「又吉直樹のヘウレーカ!」という番組をやっていました。ピアノを弾くための脳や身体の研究をしている古屋晋一さんという方と又吉さんがピアノに向かっていて、練習の効率化とか、大人になってからでも脳が発達して音楽家の脳に近づくことはできるとか、自分にとって気になる話題で、ずーっとそのまま見てしまった。

「誰もが持っているイメージをそのまま音楽で表現できて、お互いにそれを聴きあって「そんな表現があるんだ!」って共進化していくのが理想。練習に時間をとっている場合じゃないんです。」細かいところは違うかもしれませんが、番組の最後の方でそういう内容の話をしていました。

それができたらどんなに幸せだろう…!

自分が持っているイメージをヴァイオリンで音にしたり、バレエで表現するまでにはとっても時間が掛かって、それでも何とかできるところまで行けるのではと思っていましたが、それは勘違いでやっぱり思うように表現できるようにはならないまま終わるのかもしれないな…と、たどたどしくピアノを弾く又吉さんと自分を重ねながら感じていたのです。

こういう音が出したい・こんなふうに弾きたいと思うことと、実際に自分ができることがかけ離れすぎていて、苦しいなぁ…と思ってしまう。もっと真剣にたくさん練習すれば良いのだと思いますが、現状でも苦しく感じているのにこれ以上というのは現実的ではありません。(…でもすぐに頭の中に「時間がかかっても諦めないでネ」という言葉が思い浮かびました)

あとしばらくしたらそういう研究が進んで、地道な練習をぜずに思うような演奏ができるようになるのかな。遠い未来になればテレパシーで全て通じてしまってヴァイオリンを弾かなくて良くなってしまうかな。でもわたしはこの身体を使ってヴァイオリンを弾いて、その音が空気を震わせて聞く人の気持ちに届く…というのがやりたいのです。

又吉直樹のヘウレーカ!「ピアノで脳の働きが良くなるってホント!?」←クリックするとNHKに飛びます。再放送があり、2月15日午前0時30分~ 午前1時15分です。もう一度見たいので録画しよう。



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