悪い怖い夢を見ていたような

 2017-10-10
久しぶりのグルグル(苦悩)カテゴリーの記事です。グルグル苦手な方はスルーしてくださいね。

何度もリセットできたかな?と思ったり、わたしはもうだめなんじゃないか?と思ったりする日が続きました。外出している時や人と会っている時はあっけらかんとしているけれど、一人でいると起きていながら悪夢を見ているような…。時々正気に戻って、イヤ、これではいけないと思ったり…。

手や腕はそこそこ動くのだけど肩が痛いことが多く、ヴァイオリンを弾かない日もありました。やる気も元気も減ってきた状態で、練習やレッスンを休んでしまったらもうこのままになってしまうのではないか…?これが悪夢の中の一つです。何でもいつ始めてもやめても良いのだとこれまでの経験でわかったけれど、今までと同じペース、同じ熱意でヴァイオリンを続けられなくなることは今のわたしにはとても恐ろしいことです。

アーチェリーで、的に矢を放った時の清々しい感覚は今でも鮮明で、今後やることがあるかどうかはわからないけれど、離れてしまっても好きなこと。
バレエは小さい頃からとても好きで、14歳でやめなければならなかった時には一度人生が終わったように思いました。自分はもう踊る人ではないと心に決めて裏方になって、でもどうしてももう一度やってみたくて30歳過ぎて再開し、今度は本当に挫折して自分からやめました。今はまたバレエとは言えない程度ではあるけれど少し身体を動かしてみるようになって、こんな気持ちになれたことを嬉しく思っています。

そういう視点から見ると、自分がヴァイオリンを好きじゃなくなるなんてことは、どう間違ってもないのです。相棒くん(わたしのヴァイオリン)から良い音が出た時の嬉しい気持ちは自分がどんな状態であっても変わりません。それだけでも十分なんだ。いろいろ上手くいかないことがあって疲れてしまうことはあるけれど、それはほんの表面的なこと。その表面的なことが日常の中で大きな割合を占めてしまって悪い夢になっちゃうだけ。

だんだん正気に戻る時間が増えてきて、やっぱりこのままグダグダなわたしでいたくないと地道な根気が少し蘇りました。肩の調子がどうしても無理そうな時はやめて、そうでなければせめて後退しないように、できれば少しずつでも進むように。普段でも進んだと思ったら後退していると感じるのでそれもなかなか難しいけれど。

やらなければいけない課題や自分でやりたいと思っていることが、なかなか進められなくて苦しいけれど、練習して音を出しているその瞬間は嬉しいと感じることもあります。これしか進んでいないとか思うようにできないと考え始めると悪い夢に誘われてしまうので、考えるのはやめよう。



伴奏をつけるか一人で弾くか

 2017-02-08
今月21日のヴァイオリンの演奏に向けて、グルグルとしております。
参加される方から事前に曲をリクエストしてもらい、それを弾くという会です。
リクエスト頂いたのは「魅せられて」(ジュディ・オング)という有名な昭和歌謡と、
「愛の讃歌」という、こちらも世界的に有名な曲です。

会として2曲では少ないので、他に「愛の挨拶」を弾こうと思い、
先日のレッスンでは「愛の讃歌」と合わせてみていただきました。

レッスンの終わりに、みていただかなかった「魅せられて」について、
「歌の部分だけだと曲として成立しないので、伴奏をつけようか悩んでいる」とお話ししたら、
「それをヴァイオリンだけでどうやるかが腕の見せどころです(^^)」
「バッハの無伴奏はメロディと伴奏をひとりで弾く曲ですし(^^)」と、
とても高度なご提案?突っ込み?をいただきました。

あ~、わたしには見せられる腕もアレンジ能力も無いし困ったなぁ…。
でも、伴奏の音源に合わせて弾くのは安易な方へ向かうことで、
弾くのに不安は少なくなって、おそらく聴いてくれる人も楽だろうと思うけれど、
それでいいの?と心の奥の方で感じていたのは確かなのです。

自分がそう思っていなければ先生にご提案されても
「そんなの無理ですから~。」と言えるのかもしれないけれど、
わたしの心の奥の声を言葉にしてくださったので、ああ…、やらないわけにはいかない…。

伴奏的なヴァイオリンパートをつくって録音することは練習を始めた当初に思いつき、
一度楽譜にして試そうとしたら、楽譜が難しくて弾くのが困難でした。
編集したら何とかなるかもしれないけれど、録音とのデュエットって多分あまり面白く無いし、
音源に合わせることに意識がいってしまい、わたしのやりたい音楽ではなくなってしまいそう。

やはり自分で最初に決めたルール通りに、わたし一人で弾くことにします。
どうしようか、耳コピでいろいろ試していたけれど、昨夜一度楽譜に整理しました。
これで良いかは分らないけれど、練習して録音して聴いてみようと思います。



わたしがわたしの先生に

 2016-11-16
このところ人前でヴァイオリンを弾くとか歌うとか、派手な活動が続いていましたが、
わたしの日常は変わりなくチマチマとして地味なものです。

そう、今日はグチモードです。(※閲覧注意!!)

色々な行事の合間を縫って、(先日は母のリクエストでまた温泉旅行に行きました)
細切れながらも、ヴァイオリンのレッスンの課題を練習しています。
してはいますが楽譜を読むのがなかなか進まず、
今までとちょっと違うだけでさっぱり理解できなくなり…。
できないというより「こんなの分らないー!」と拒絶反応が出て分ろうとする努力を怠る。

そうやって足踏みをしたまま時間が過ぎていきます。
先回から持ち越しのクロイッエル7番も、
前日できたことが次の日にできなくなる…、それを前の日の段階まで戻す。
時々練習の間が開いてしまうとまたできなくなる…の繰り返しです。

日常的には左手の調子が悪いとは感じていないのに、
ヴァイオリンを弾くと小指がピキッと伸びたままになったり指が開きにくくなったりします。
指もだけど頭が動いていないような感じもあります。

いろいろと活動はしていながらも、春ごろからずっと停滞期のように感じています。
停滞期と名付けるとそうなってしまうそうで好きじゃないけれど。
練習の意欲が前よりも減っている。認めたくないけれどそうなのです。

レッスンの課題をなんとか終わらせても、また次の課題がやってくる。
苦痛にも感じる終わりのないこの繰り返しはいつまで続くのだろう…?と思う。
そんなこと言っても、ヴァイオリン始めてからずーっとやってきたことです。
今更思うことでもない。

毎日ご飯を食べなければいけない、これはいつまで続くのか?と悩んだりしないよね。
掃除とか洗濯とか、ちょっと面倒くさいことも、
一生続けなければならないのかー!!と悩んだりしない。
ヴァイオリンの練習も、それくらいわたしにとって当たり前で必要なことだと思いたい。

できない自分を責めてもいじめても、何にもならない。
そんな自分をバッサリ切って敗北感を感じさせても、元気がなくなるだけなんだ。
優しく教えさとして、励まして、ちょっとでも頑張ったら褒めてあげて、
上手にわたしが練習できるようにしてあげるのが大事なのです。

わたしがわたしの良い先生になって、自分を見捨てないようにしてあげなくちゃ。
未熟な先生でゴメンネ。いやいや、未熟な生徒でゴメンネ。(笑)
いつもこのくらい優しく自分と付き合いたいですね。

余裕かましている場合ではなく、明日はレッスンなのでみほ先生よろしく頼みます。



練習が進まなくて…

 2016-08-31
先日あった仕事のダメージが予想外にかなり残って、ライフを使い果たしたまま戻りません。
身体よりも精神的にですね。
外で人に会っている時は大丈夫だけど、家にいると無気力でご飯も食べる気がしない…。
(わたしにしては珍しい、でも少しは食べます)

その前、すでに「ヴァイオリン練習できなくても罪悪感を感じない練習」とか言ってたせいで
クロイツェル28番がなかなか進みません。

27番は半分ずつしか進められなかったので、
先回のレッスンのあと、次の28番は最後まで弾けるようにしてレッスンへ行こうと思ったのに。
あまりにもできていないので、わたしはレッスンを続けることができないかもしれない…なんて、
久しぶりに、とても思いつめた気持ちになっていました。(←自業自得なのに)

こんなふうに考えてしまうことが、いろいろな不調の原因だろうと思っていても、
時々、ついやってしまうんだな…。

不本意でも半分だけにして、もう少しマシに弾けるようにするか、
グチャグチャなままでも最後まで進めていくか、すごく悩んで、結局全部をやろうと決めました。
ゆっくりでも、つっかえつっかえでも、弾かせてもらって
違っているところがあったら教えていただくことにしよう…。

昨日の夜中、そう決めたら少し気持ちが楽になって、今日は元気が戻りました。
「決める」というのは不思議な行為ですね。
現状は変わらなくても、気持ちはすごく変わります。

練習する気力がない時があったり、譜読みするのが憂鬱でも、
ヴァイオリンを弾くことそのものは嫌いじゃない。とっても好きです。
こんな時は、それだけでも十分じゃないか?と思うなぁ…。

明日レッスンなので、これからまた練習します。
息子くんは出かけているので、ひとりの夜ご飯はどうするかなぁ…?(笑)



相棒くん(ヴァイオリン)がよそよそしい

 2016-03-29
先日のレッスンのあと、弦を換えたりして気分転換をしようとしたけれど長続きせず、
次の日にはなんだか相棒のヴァイオリンのようすがヘン…?

相棒くんがただのモノになったような感じ。
元々モノには違いないのだけど、意思の疎通ができないような。
そっけないとかよそよそしいという次元じゃなく。ん…、うまく言えないけれど。

「魔女の宅急便」で黒猫のジジが急に言葉をしゃべらなくなって、
普通の猫みたいにニャーと鳴く場面を思い出した。
主人公のキキが魔法を使えなくなって、ほうきで飛べなくなった時のこと。

自分が今まで魔法を使えていたとは思わないけれど、なんだか世界がシラーっとしています。
仕事もヴァイオリンも、どこへ向かうのかさっぱり分からない気がして、
自分は何をやっているのだろう?と思います。

音が死んでいたら、わたしは何の取り得もなくなってしまうなぁ。音痴だし、弓も下手だし。
そう思ったら、音痴で弓が下手なことをそのままにしていて良いのか?と。
え~!こんな時に追い討ちをかけるような心の声です。(泣)

今まで練習をしながらそういうことにもっと注意を払っていたら、
もう少し上手になっていたかもしれません。
練習の方法や意識の持ち方が間違っていたのかもしれない。
そう思って、鈴木の教本の一巻を取り出して、「キラキラ星」を弾いてみたら、
これが撃沈でした…。音程も弓も満足にできない…。

でも、「落ち込んでいます、引きこもります…。」というのとはこれまた違っています。
「わぁ~、もうヤダ~ッ!!」とか暴れたら発散できるかもしれないけれど、ウソくさいし。
そうならない自分を、なんだか不自由だなぁ…と思います。
↑これが正直な今のわたしの気持ち。

仕事の予定もあるし、ヴァイオリンの練習もたくさんではないけれどしています。
花屋さんをのぞいてみても気に入ったお花に出会えず、まだ買っていません。
買ってくるんじゃなくて、この季節なんだし、お花見に行けばいいんだ。

なんだかグチのようなことばかりツラツラと書いてスミマセン。
お付き合いいただいてありがとうございます。



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