FC2ブログ

アゴ当てを最初のものに

 2019-01-29
先日の日曜日から放送大学の試験が始まっています。たまたまですが、1日おきに1~2科目の試験という日程になっていて、あと残り2科目です。「やることがはかどっていない」と言っていたのは試験勉強も含まれます。これまでサボっていたので、今とってもがんばっていますよ(笑)。

ヴァイオリンの練習はしています。で、前から気になっていたことですが、左手が動かしにくいのはアゴ当てがしっくりしていないせいもあるのではないか?ずっと手や肩の調子が悪いからだと思っていましたが、このところ少しは良いはずないのに弾きにくい。そのまま頑張って、ちょっと前には腕が痛くなってしまいました。

夕べも練習しながら、やっぱりアゴ当てだな…と思っていて、今日練習を始めてから我慢できなくなって、相棒くんを買った時についていたアゴ当てに換えました。そういえばわたし、中高生の頃から試験になると机の掃除をしたくなる人でした(笑)。

以前、今のクローソンのアゴ当てにした時は音が良くなったので、戻すのは気が進まなかったのですが、身体には元の方が合っているのではないか?とかなり前から思っていたのです。戻したら、やっぱり首やアゴから少し力が抜けて楽になり、ヴァイオリンの収まりが良くなって安定します。支える方がしっかりしていないから余計に押さえにくかったのかな。肩も不安定だったので、何のせいで上手くいかないのか、良く分らなかったのですね。

音の方はどうかな…と思っていましたが、変えてみたら良くなった!また妄想世界の人になっているのかもしれないけれど。弾く人の状態が変われば音が変わって当然ですが…、わたしが好きだった音はアゴ当ての音??え~、そうなのかな…?クローソンにした時とは楽器の状態が変わっているのでこういうこともある、かな。

ツィゴイネルワイゼンの好きな部分(ミュートをつけて弾くところ)は、ん~、違うなぁ…と思ったのだけど、弓の張り加減を変えたら思うような音色が出るのが分りました。身体が楽なのはわたしにとっても、出てくる音にとっても大事なことです。相棒くんも楽になったように感じるのはまた妄想かなぁ。今度のレッスンで先生に判断してもらおうと思います。



楽器の点検と弓の毛替え

 2018-10-24
前回の更新から少し間があきました。反省しないと決めたら書くことが無くなったというのではありません(笑)。今月は中旬にきゅっと予定が詰まっていて。

そんな中、ヴァイオリンの定期点検と弓の毛替えに行きました。半年に一度の予定がこちらも少し間があいてしまっていました。「何か気になることはありますか?」と聞かれ、「G線側の駒の脚が動きやすいのと、最初はもう少し良い音がしていたような気がします。」と話したら、いつもより良く見てもらえたようで、相棒くんは少し元気になって帰ってきました。

駒の振動が楽器によく伝わっているような気がする。前より少しどっしりとした感じ?安定感というか安心感があります。相棒くんとわたし、不安定なのはお互いさま(笑)と思っていたけれど、本当はこっちのどっしりした感じなはず。弓もとても使いやすくなったような気がする。いや、気のせいではありません。

先生がよく「もっと楽器と弓を信じて大丈夫です(^^)」と言います。自分では信じていないつもりは全くないのですが、これからはもっともっと安心して相棒くんを信じてやっていきたいと思います。

楽器が元気になったら自分の方も何とかしなくては。相棒くんに良い音を出してもらうには、弾力のあるパンと張った風船のようなわたしが理想ですが、どうもショボショボして空気が抜けてる感じです。反省しないつもりが、先日の仕事が終わってから数日間、「あ~」とか「う~」とか、誰にも何も言われていないのにひとりで脳内反省会をやってしまいました。

このところ首から背中がガチガチで苦しかったので、今日は練習の前に、先日ゲットした「やわこ」というストレッチボールで首、肩、背中をほぐしました。「やわこ」、わたしにはすごーくいいです!背中が軽くなった!楽器屋さんの帰りにたまたま見つけて買いましたが、アマゾンにもあるようです。


この前の週末の仕事は長野の岡谷でした。ホテルの朝ごはん会場から諏訪湖が見えました。空気がきれいで、朝晩はとっても寒かった!


201810242317277dd.jpeg



相棒くんが元気になった

 2017-01-26
先日のレッスンで、お掃除してキレイになった相棒くん(ヴァイオリン)を見てもらい、
「一度駒の下も掃除してみては?(^^)」とご提案いただいたので、やってみました。

お掃除をする前から、ここしばらく良い音が出ていないように感じていて
それはわたしの弾き方が悪いのだと思っていたけれど、
先生に音を出してもらって、楽器の問題もあると分かり、
駒の下も掃除して位置を調整し直すことにしたのです。

駒を外して魂柱が倒れるのが怖いので、妹ちゃんから外した低い駒を位置をずらして立て、
自己責任手法のお掃除をしました。
他の部分と同様に、思ったよりも素直に汚れが落ちました。

バレエの時に滑り止めに使う松ヤニは、踏んづけられ床にこびりついていて
落とすのはとても大変ですが、楽器のは違うようです。

__ (5) (768x1024)  最初の状態


__ (2)  1度掃除した後


__ (4) (768x1024)  駒の下もキレイにした今の様子


いやいや…、こうして並べて見るとまるで別人!(人じゃないけど、笑)
これだけ状況が変われば当然音も変わります。
一度掃除をした後には、音が大きくなり輪郭がハッキリしたように感じました。
まあ別の言い方をすれば、かたい音とも言います(笑)。

改めて駒の下を掃除しても、長年駒の足で傷付けられた板の表面は平らではなく、
駒の位置のちょっとした具合で接地面積などが変わってしまうみたい。
駒から楽器本体へ弾いた音の振動が伝わるので、ここは重要ポイントなのですけど。

音を出しては駒の位置をずらし、また音を出して…というのを繰り返し、
相変わらず気難しさはあるけれど、ようやくとても良い音が出る場所が見つかりました!
最後は駒の前後の位置ではな、く左右のほんのちょっとした加減でした。

ヴァイオリンの音は何が変わっても敏感に変化します。
汚れも音色をつくる一つの要素になっているそうで、それがなくなることで音色が変わることもあります。
良くなるか悪くなるかはやってみなければ分からないこと。

今の時点では、音が更に大きくなって張りも出て、
そういえば以前にあったような音色の甘い雰囲気も戻ったような気がします。
妹ちゃん(新入りヴァイオリン)を再び大きく引き離しリードして、本来の座に戻りました。

自分の楽器にはいつも妄想いっぱいになって冷静な判断が難しいので(笑)、
良くなったのかどうか、今度のレッスンで先生に判断してもらおうと思います。



相棒くんと踊りたい

 2016-05-10
連休の舞台の仕事が終わり、昨日はボーっとしたりお昼寝したり、夜も早く寝てしまいました。
3日間ヴァイオリンを触らなかったのに、リハビリがてらの練習を少しだけしかできませんでした。

でも、少し間が空いたために、
それまでは練習しながらイライラしたり落ち込んだりしていたのがリセットされたのか、
最初のボーイングの練習では素直なきれいな音が出たような気がします。

今日になって通常通りの練習をしてみると、またまた「うまくできない」モードに戻ります。
余計なことをしないで弾くという課題のクロイツェル2番は、
やるべきことができているのかできていないのか、自分ではさっぱり良く分からない。
大好きだったはずの白鳥の湖のグランアダージョも、全然思ったような音になりません…。

「自分を責めたくなったら、その音を出しているボクのことを思い出して。
好きな人の悲しむ顔を見たくない。好きな人に否定されたら悲しい。
どんなふうに弾いても、ボクがみほさんを好きなことは変わらないよ。」


そんなことを言われたら泣いちゃうよ…。
相棒くん(ヴァイオリン)はもっといい音が出るはずなのに、
自分ではいい音が出せないことにイライラしたりガッカリしてしまうのです。
キミのことを否定なんかしていないよ。でも悲しくなっちゃうんだね。
わたしが苦しいような、悲しいような気持ちでいるからだよね。

こうしなくてはいけない、こうやってはいけない、と思うと全くうまくできません。
それをもっと前向きな自分用の別の言葉に翻訳したらいいのかな。

白鳥の湖のグランアダージョは、
オデット姫と王子の代わりに、相棒くんとわたしが二人で踊るパ・ド・ドゥだと思ってみようかな。
それなら、幸せな気持ちが戻ってきそうです。



われに返った相棒くん

 2016-02-10
先週末、「愛用品の声で聴く2016年のテーマ with 本気のおやつ」というイベントにでかけ、
またまた相棒くん(ヴァイオリン)から話しを聞きました。

ものが話しをするなんて…とお思いの方はどうぞお引き取り下さいね(笑)。
ちょうど毎年タイミングが合って、今回が3回目です。
もう新たな展開はないだろうと思うけど、今どんなことを思っているのか聞いてみようかなと。

そうしたら!
「あのね!前見た時とエネルギーが変わって、すんごいカッコいいイケメンの青年になってるよ。」
あいだに入って話しをしてくれるなおちんが、驚きの声を上げました。
今までどんな風貌かの話しはが出た事はなく、
100年以上前のものは姿もなくなって、年月の重みに等しい歳を取っているのだろうと思っていました。

わたしのところに来てから、初めて楽器として幸せな生活を送ることができたと言っている相棒くん。
それまでは悲しい思いをたくさんしてきたようでした。

ずーっと待ち焦がれていた大勢の前で演奏してもらうことをやってみて、
それまで想像にしか過ぎなかった体験がようやく現実のものになった。

その中で最高の平和ってどんな感じかっていうのを、去年一年で体験した。

これまでの悲しい歴史の中で、ああなったらいいな、こういうふうにしたかったんだという、
過去からの怨念にも似た妄想、悲壮感にも近いような妄想がスルーっと抜けてしまって、
この人(?)の本当の姿が出てきたみたいです。

それは自分が想像していたかたちのどんなものとも違ってはるかに幸せで、
それでいて手の届かないものではなくて、身近なところにあった。

成長の途上にある音楽家を応援するためにつくられた楽器。
ボクを弾いてくれる人が音楽が楽しくなったり、もっと上手くなりたいって思えたり、
人に聴かせて喜んでもらえて良かったなって思ってもらうこと。
それがボクの役目だったってことを思い出した。


音楽は特別な人のためのものではないということ。
音楽家というのは、小さい頃から英才教育を受けたから音楽家になるんじゃなくて、
ただ音を愛して、自分の音楽を追求していく姿そのものが音楽家だということを、みほさんが教えてくれた。

自分が平和をつくり出すとか救うとか、そんな使命感を持たなくてもいい。
ただボクはみほさんと一緒に楽しく音をつくり出す。
それだけでいいんだってことが良くわかった。
みほさんがボクを元に戻してくれた。

大きな舞台で弾いてもらえるだけの度量は持っているけれど、
ボクがやることは大勢の人を喜ばせて、大勢の人にボクの音を響かせることではなくて、
ボクを弾いてくれるたったひとりの人を幸せにすることだってことが良く分かった。


ありがとね。もう結構前から幸せにしてくれているよ。

3年前に「つくられて初めてこんなに愛された」と言われた時は、ものすごく泣けてきた。
今回の話しも受け取り方によってはものすごく感動的だけれど、ただ嬉しい気持ちで話しを聞いていて、
わたしは以前よりも満たされた穏やかな気持ちでいるのだなぁと感じます。

思うことがたくさんあるけれど、長くなるのでひとまずここまでにします。
人と人との関わりと同じように、人とものとの関係も変化していくものなのだなぁ。



≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫