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夜にレッスンへ

 2019-06-27
昨日の夜、ヴァイオリンのレッスンへ行きました。
普段は昼間の時間に行っていますが、昨日は夜の最後の時間帯。駅からの路沿いの花屋さんも八百屋さんももう閉まっていて、ちょっと寂しい。

ヴァイオリン、いい音がしているかも?と思ったそばから、また左肩の調子を悪くして幻になってしまいました。もともと自分の妄想だったのかもしれませんが、先生に評価してもらえず真実の程はわかりません。肩のことは自分でもまたと思うのだから、先生もまた?!と思っているに違いない…。「観察するのが仕事ですから(^^)」とおっしゃる通り、自己申告する前からわたしの様子があやしいのですぐに悟られてしまいます(苦笑)。

調子が良くないこと、うまく弾けないこと、ああ、まただ…と自分で思っていることなど、後ろ向きな気持ち一杯で弾いたら、やはりショボショボした音になってしまいます。「こちらの弓をお試しください(^^)」と、すぐに先生からご自分の弓の中の一本を手渡されました。おお、重たい…?ハッキリとした大きな音が出て、気分がサッパリしました。

時々、もっとこうして…と言われるよりも、物理的な方法で教えて下さることがあります。頭の中で鳴っているショボショボな音を、違う弓を使って張りのある音に変えることで、自分の弓に戻っても張りのある音が出るようになる。最初、自分の弓で弾いた時、圧力不足でカサカした音になっていたので、重ための、でも滑らかな音のする弓を貸してくださったそうです。音が改善されてから教えて下さいました。

カールフレッシュの音階、G線のハイポジションは肩が怖い&痛く苦しまぎれに弾いて、音程が怪しいと頭の中の音も更に怪しくなりグダグダしてしまう。G線に限らず、半音ずつ上がって下がる音階はどの弦でもやる度に違ってしまいます…。身体がどうのではなく、やはり頭の中の音程の問題です。

レッスンへ行くと、ヴァイオリンやわたし自身が適正な状態に調整してもらっているように感じます。もちろん肩が急に治ったり、相棒くんがグァルネリになったりはしませんが、その日の状況で一番良い加減にしてもらって帰ってくるように思います。レッスンの最初よりも普段に近い音が出て、安心した気持ちになって、落ち着きました。

別に先生は怪しいことは何もしていませんが、なんだか不思議。ありがたいです。



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シクラメンは冬の花ですが、うちのコ、6月になってまた咲き始めました!



バロック時代はどうだったのだろう?

 2019-06-14
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。梅雨の晴れ間の一日で助かりました~。肋骨のことはほとんど気にならなくなり、今はまた肩当てをして練習をしています。

レッスンの前に、今月に入ってから放送大学でバロックダンスの授業を受けて感じたことや分かったことなどを先生に報告しました(笑)。バロックダンスについてはたくさん発見や納得することがあり別の記事で書いていたのですが、途中で消えてしまったので挫折しました(苦笑)。

バロックダンスはバロック音楽と深い関係があり、メヌエットやガヴォットやアルマンド・クーラント・サラバンドなどは調べると舞曲と書いてあって、ではそれはどんな踊り?と思っていたのです。全くの初心者相手の授業なのでとても全部の踊りはできませんが、メヌエットやガヴォットは習い、音楽についても知りたかったことが少しだけ分かったような気がします。
分った気がすると言っても、教えてもらったことに沿って自分の中でいろいろと関連付けられるだけで、ヴァイオリンの先生が言うような「実際のところはどうだったのだろうか?」という考察には、自分はまだほど遠いのです。

バロック音楽やヴァイオリンの改良について一般的に言われていることが、果たして本当にそうだったのか?ビデオも録音も無い時代のことで、バロックダンスは当時の文献や舞踏譜を元に復元再現しているそうですが、ん~本当はどうだったのかなぁ…。ヴァイオリンは当時の楽器や弓が今も残っており(ストラディヴァリやグァルネリやその他…)、「そういうものがいろいろなことを教えてくれるのでは?(^^)」とのお話でした。

楽器も弓も、当時求められていた音楽ができるようにつくられているはずで、楽器や弓からそれを知ることができるのではないか?わたしはバロックヴァイオリンの奏法に詳しくありませんが、当時の楽器と弓で、その頃はこういう奏法だったとされている弾き方をしたら良い音が出るはず。実際のところどうなのかはわたしにはわかりませんが、当時の楽器や弓が語ってくれることはたくさんあるのだろうな。

バロックダンスの授業でも音楽やヴァイオリンについて話しがあったけれど、習っているヴァイオリンの先生のお話しの方がわたしには興味深いです。まあ当然と言えば当然です。だからなるべく頑張ってカールフレッシュの音階もやっています(笑)。


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晴れた日のアジサイは色が鮮やか



肩当て無しも悪くないかも

 2019-05-30
今日は久しぶりのレッスンでした。先回、もともと仕事の都合で1ヶ月空けてあったレッスンをお休みさせていただいたので…。

肩当て無しで弾くことは以前も試したことがあったけれど、弾きにくく感じて本当に少し試しただけ。今回は必要に迫られて始めたことですが、本気でやってみると発見があります。

わたしが肩当てを使わないのに合わせて、先生も「この方が分りやすいですから(^^)」と、肩当を外してレッスンをしてくださいました。恐縮です。以前、左腕を上げるのが難しくなった時に姿勢を変えて弾いたことがあったのですが、その時もわたしの態勢と同じようにしてレッスンをしてくれたこともあります。

肩当て無しのメリットはヴァイオリンの位置を自由に変えられることで、それは自分でも数日間で実感できました。他には、自分の場合は首の力をあまり使わずに済んで、楽です。それから、アゴで深くヴァイオリンを挟める(今使っている肩当てとアゴ当ての都合でいつもは浅めになっている)のでコンパクトにいろいろやり易くなる。

左手はヴァイオリンを支えながら動かすことになり、少し不自由な気がしますが、弦とポジションによってあまり変わらず弾けるところ、むしろやり易くなるところなどあって、不自由とは限らないです。左手が動かしにくい時には難しいかもしれませんが、今はまずまず動きは良いので大丈夫です。

左手のポジション移動は、肩当てをしないことで左手をなるべく指板から離さずに慎重に移動させていることに気が付きました。音程も頭の中でいつも以上に意識して弾かなくてはと思ったら「そんなに悪くありません(^^)」と言ってもらえました。いつもが乱暴な動き&テキトーな狙いだったのだな(苦笑)。

どこかに不具合がある時の方が、普段より慎重になって上手くできることがこれまでも何度かありました。何でもない時には自動操縦的に、雑だったり力でやってしまったりするみたいです。上質な自動操縦ができれば言うことありませんが。

これから少しの間はコンスタントに2週間おきのレッスンです。2週間では練習期間としてはギリギリで頑張らないといけませんが、今回のように空いてしまうのも元気がなくなり煮詰まります…。またチマチマ地道にやります。



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今年はベランダのミニバラにたくさん花が咲いています。毎日眺めて幸せです。



カールフレッシュは手強いのです

 2019-04-18
今日はヴァイオリンのレッスンでした。

カールフレッシュはなかなか思うようには弾けるようになりません…。何となく何度も弾いていたのではいつになっても音が合わないままなのだよな…。面倒でも細かいことをきちんと覚えなくては、現時点の自分には弾けるようにならないのだろうなぁ…と、つい数日前に改めて分りました。

なんとなく音が合ってきたように思っていたのですが、何となくでは、少し何かの調子が狂うと全然分らなくなってしまう。今までそんなことも分らなかったのか!と誰かに突っ込まれないうちに自分で突っ込んでおきます(笑)。

ちょっと楽しげに書いてはいますが、実際にはまったくそんなことはなく(だから楽しげにしておかないと…笑)、レッスン前に今日も家で顔面に縦線入りながら、かなり煮詰まって練習をしていました。身体も頭もずっと続けては無理なので、途中に他のことをやり、また復活したら練習して…。そんなこんなで、また今日は左手に力が入り過ぎていたみたいです。

ひとまず今日は予定していたところは一応見ていただいて、次回に持ち越しはありませんでした。持ち越してしまうと練習に困難を来たしてしまうことが分ったので良かったです。同じパターンの重音での、違う音階(ト長調&二長調)を一度に練習するのは、頭がショート&音痴炸裂でグッタリしてしまうのです…。

先生が手放されたヴァイオリンがあるということで、どの楽器なのか伺いました。一緒にレッスンをしてくれた楽器がどこかにいってしまうことは少し寂しく感じないでもありません。自分のものではないのですが、どれがどんな顔でどんな音で…と、親しみを感じているものですね。でも、一番好きな楽器は先生も手放されることはないので安心です。わたしが先生に習うだけでなく、相棒くん(わたしのヴァイオリン)も先生の楽器に歌い方を習っているのだと思っています。

ん~、今日は疲れたなぁ…。明日から劇場で、普段なら前日から緊張気味で落ち着かない気分になるのですが、今日はその余裕がありません。早く寝よう。



カールフレッシュを持ってレッスンへ

 2019-04-04
今日はカールフレッシュの音階教本を持って、レッスンへ行きました。
先回、先生のを見せていただいて説明はしてもらったのですが、やはりやってみないと何が分からないのかが分らず…(笑)。今日は自分でやってみて分らなかったことを教えてもらい、少し前向きな気持ちになれました。

この教本は、フィンガリングが何パターンも書いてあったり、重音だらけでページが真っ黒だったりで、手強いヤツのようです。恐ろしい…。でも、どうやらしらみつぶしにそれをやっつけるという進め方ではなく、なんとか切り崩しながら進めていくということで、少し安心しました。とはいえ、わたしにはどんな進め方でも手強いことには変わりないのですが。

前のレッスンの時よりも耳の調子は良くなっていて、自分ではいつもの感じなのですが、客観的にどうなのかは自分では分りません。このところ少し神経質になっていて、仕事で左耳に入れているイヤホンのトランシーバーの音が小さく聴こえているのでは?と気になったり、家で弓に松脂を塗ったあとで多いのでは?シャリシャリしているのでは?とふき取ったりしていました。

今日先生に見てもらったところ「いつも通りの音になっています(^^)」と言ってもらえてホッとしました。一度調子が悪くなってみると、他の人と自分の聴こえ方を比べることができないことに改めて気がついて、少し心配になっていたので。

そういえば学生の頃、色彩学の授業で、自分が見える赤の色と他の人が見ている赤の色は違っているかもしれないことに気付き、衝撃を覚えました。「自分の感覚は自分だけのもので、わたしは閉じ込められたこの中から出ることはできないし、他の人と共有することもできない。」と感じたのです。

自分が聴こえている音と人が聴いている音は同じでは無いかもしれないし比べようも無い。でも、先生の言う良い音を自分の感覚の中で良い音だと感じ、わたしがそう思う音を先生も先生の感覚の中で同じように認識してくださるので、それで良いのだと思っています。ややこしい話しですみません。

各々が自分の感覚の中から出られず、他の人の中には入れないならば、全く同じように感じる共感というのはありえないけれど、誰もが美しいと感じるもの、心を動かされるものはありますね。それに出会うとき、わたしは自分の中に閉じ込められてはいないのだなぁと思えます。

レッスンの帰りに桜を見に行きました。ちょうど見ごろの時期にレッスンがあるとは限らないし、一年に一度なので行って良かったです。例年、同じ夕方近くの時間に行くので、毎回同じような写真になります(笑)。


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