FC2ブログ

落ち込んだり治ったり

 2018-11-19
今月はどうしてか夏の繁忙期と同じくらい仕事が忙しくなっています。ようやく半分くらい終わりました~。精神的に大変な時は身体はそうでもなく、身体が疲れる仕事では精神的にはわりと大丈夫で、上手くバランスが取れているみたいです。

舞台の裏方の仕事は、現場に余裕がなくなってくると荒々しい雰囲気になることもあります。それは言ってみればスポーツの試合中のやり取りのようなもので、他意は無いし、終わってしまえばお互い後に残るようなものではありません。ですが、わたしはいつになってもその状況に馴染めず、渦中でも、終わってからもいつものように自己嫌悪になったり後悔したり、疲れます(笑)。

ヴァイオリンでウツウツしている時には仕事が気分転換になります。今回仕事で落ち込んだ時には、次の仕事の稽古場へ行ったら治りました。で、また現場へ行くと新しい反省ネタを持ち帰ります。エンドレスに続きますね…。

少し伸びた爪を切ってヴァイオリンの練習を始めると、これもまたウツウツの原因になります(笑)。クロイツェル39番、2巡目なので最初から譜読みをする必要はありませんが、なかなか思うようには進みません。寒くなってきたからか練習不足からか、左手が思うように動かないし、1巡目の時のことをすっかり忘れて何も考えずにG・D線で大きく手を広げたら、肩が…。低い弦を弾く時には肩に負担が掛かるのだと身を持って思い出しました。

課題の練習の後、これから練習を始めようと思っている曲を少し弾いてみました。頭の中にある妄想世界を思いながら音を出したら、気持ちがスーッと静まって、撫でられておとなしくしているネコのような気分になった。とても満たされて幸せな気分でした。こんなことは久しぶりです。

自分の出している音は、たぶんあまり聴こえていないのでしょう。ヴァイオリン弾く人としては、それではダメなのかもしれないけれど。でも、本当に、本当に、それではダメなんだろうか…?今はいろいろ考えないで頭を休めることにします(笑)。


IMG_9524.jpg



「良い音」は人によって違うのかも

 2018-11-07
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。今月は予定がいろいろと変更になりレッスンの予定を何度か変更させていただいて、夜の最後の時間帯のレッスンでした。

わたしが行けなかった弦楽器フェアのお話や、楽器の調整についてのお話を聞かせてくださいました。相棒くん(いつものヴァイオリン)を買った弦楽器専門店へ点検や弓の毛替えをお願いしていますが、しばらく前から気持ちの面でも具体的な面でもしっくりこないことがあります。それを解決できそうな情報をいただいて、とても気持ちが軽くなりました。

楽器の調整は、依頼する側と調整する人の「良い音」の認識が一致していないと違和感を感じるものなのでしょう。相棒くんを調整してくれた方もその人が思う「良い音」にしてくれたのだろうと思います。同じお店の中でも職人さんが違えば「良い音」の認識が違うかもしれません。次からはたぶん、違うところへ持っていきます(^^)。

2巡目クロイツェル38番もツィゴイネルワイゼンも、あまり上手くできません。特に38番は音程が薄暗い感じになっていました。放っておくと明るい曲も暗くなっていってしまう…。そういえばわたしは短調がしっくりくる人だった。意識しないとついそっちへ寄って行ってしまうのです。気をつけます。

あ、レッスンの反省を書かないと決めた気がしますが、やっぱり書いてしまいますね。

最近左の首や背中が辛いことが多いのですが、今朝は左の首から左の足先まで調子が悪くなってしまいました。今日は仕事ではない予定があったのですがお休みさせてもらって、「やわこ」を使っても良くならないので、苦しまぎれに身体の左側中にロキソニンテープ(シップ)をペタペタ貼ってみました。こんなにたくさん貼って大丈夫なんだろうか…?と思いながら横になったら、夜になってすっかり良くなりました(笑)。

今月は少し忙しいので、毎日ストレッチしてから寝るとか(そういう問題か…?)、長持ちできるように何か予防策を考えなくては。



自分の知らない自分に出会った

 2018-11-05
第一声でビックリして、エレキギターの音をどうしてか「懐かしい…」と感じて、その後、歌を聞きながら涙が出てきてしまった。全く予想外の展開に、自分の知らない自分に出会った気がしました。遠くに住む友人の勧めで一人で出かけたライブで、初めて見るお目当てではなかったゲストの人にすっかりやられてしまいました。

「わたしが思っているわたし」の範囲はとても限られているけれど、実際にはそんな中では収まらない。それなのに自分の知っている範囲に何とか収めようとするから苦しくなるのかもしれません。自分を制限する自分から自由になりたい…。前から何度も思っていますが、久しぶりにまたここに戻って来ました。

わたしが、芸術を特別なものにしておきたくて、それに行き詰まりを感じていて、自分にも行き詰まりを感じているのです、きっと。予想外なぜんぜん違う自分に出会って、もっと自分の感性に素直になりたいと思ったのです。これまで自分を縛ってきたギチギチした枠を捨てて。


週末の仕事が終わったら、特段何も解決していないのにすっきりとした気持ちになりました。久しぶりにオーケストラでの「白鳥の湖」を聴いてきたからか、やはり相棒くん(いつものヴァイオリン)は、妹ちゃん(もうひとつのヴァイオリン)よりも格段に良い音がしているのが、ハッキリと分りました。

余計なことは考えずに、目の前にあることに取り組む中で自分を伸び伸びする方向に仕向けて行きたい。実際にはやらなければならないことに埋没してしまいそうだけど、そうならないように。



201811052323132e9.jpeg



芸術という大義

 2018-11-02
もう芸術という大義がなくても良いのではないか?
それを愛している、大切に思う、他のものと比べものにならないくらいに。
心を動かされるそれが、それぞれの誰かにとって特別なものだということ。

芸術が他のものと比べて特別なのではなく。


誰かを批判しているのではないのです。でも芸術について息詰まり感、閉塞感を感じるのはわたしだけではないと思う。芸術は確かに特別なものだった。特別なものでなければいけなかった。でも いつまでもその時代を続けなくていい。

いつものことだけれど、そしてわたしはどうするの?




のんびりした午後を過ごしています

 2018-10-29
ぼけーっと午後の良い天気の窓際の机のパソコンに向かっています。

午前中に事務的なことを片付けて、夕方仕事に出かける前に何かご飯作って行きたいなぁ~と思いながら、友達に貰った美味しいお茶を入れて飲んでいます。机の上の時計の横のアングリーバードに「そんなに怒んなくってもいいのに」と思って良く見たら可愛い顔してるなとか、久しぶりにいつも開けない方の窓を開けたら、遠くに中央線や総武線の電車が銀色に光って行き交うのが見えたり、平和です(^^)。

放送大学の教科書や、バレエやヴァイオリンやその他の本が積んであって、譜面台にはクロイツェルの38番が広げてある後ろに過去やった楽譜もいくつかそのままあり、仕事着の黒いズボンのすそ上げできていないものが畳んだままずーっとあったり、いろいろなものが混在していて、部屋の中は自分のそのままを現しているなぁ…と、改めて見回すと呆れます(笑)。

以前は自分はひとつのことをじっくりやる人と勘違いしていました。同時並行でいろいろなことに取り組むのが長いこと続いていて、どれもが順調に進んでるとは言えませんが、まあ、上手く進まないことも楽しみながらやる方向で(笑)。同時並行といってもその時にできることは一つだけ。それを切り替えながら進めるのが楽しいのかもしれません。

今の懸念事項は、相棒くん(ヴァイオリン)の調子がいまひとつなことかな。先日先生に見てもらって少し良くなった感じはありますが、妹ちゃん(もうひとつのヴァイオリン)に、夜消音機をつけて弾くと、消音機があるにも関わらず響く音がしてるように思えて、こんなはずでは…、と思うのです。相棒くんがもっともっと良い音になったら本当に嬉しいな…。


先日、旧古河庭園でたくさんバラを見てきたら、家のベランダのミニバラたちが可憐で可愛くてしかたないです。ただの親バカ(笑)。家でも秋のバラフェスティバル中で今までで一番花が咲いています。ありがとね。


2018102913573238a.jpeg



≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫