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すっかりレッスン日記になっています

 2019-08-09
昨日はヴァイオリンのレッスンでした。
このところ更新が滞ってしまって、レッスンの報告日記のようになってしまっていますね。日常で何か特別なことがあったというのではなく、夏の暑さと、夏の仕事と、一連のどこへ向かうのかわからない自分とのお付き合いのせい(笑)です。

先月のレッスンはわたしの調子が満足ではなかったのですが、今回はほぼ復活していつものヴァイオリン(相棒くん)でレッスンを受けました。日中ヴァイオリンを持ち歩くのはちょっと心配でしたが、ちょうど日が陰ってきたタイミングで炎天下を歩かずに済みました!

今月末に、1曲だけヴァイオリンを弾かせてもらう機会があり、それをみていただきました。少し左手の指が動かしにくくヴィブラートがなぁ…と思っていたら、じっくりとヴィブラートの練習に時間を取ってくださいました。ヴィブラートや音程の改善だけでなく、自分で弾いていてなんとなく落ち着きが悪いところ、違和感があるところを、すっきりと整理してもらえました。ほんのちょっとした間の取り方や、膨らむところ、しぼむところ、提案されたように弾くと、「そうです、こうやりたかったんです!」と思いました(笑)。

これからもそれほど熱心に練習できる日程ではないので不安はありますが、今日までもそんな調子で、それでも思ったよりも酷くはなかったので大丈夫だということにしましょう。先生にも「練習の最後のように弾ければ、普通に聴ける演奏です(^^)」と言ってもらえました。先生が言う「普通」というのは、わたしにとっては最上級クラスの褒め言葉です!そのように弾けたら良いな。

駅から先生のお宅までの途中の商店街では、いつもはお花屋さんに目が行くのに、八百屋さんのナスやトマトが大盛りで安くて美味しそうでした(笑)。ヴァイオリン持っているし、帰りの電車は混雑するので買うのはやめましたが。

暑さはピークだろうけれど、もう立秋を過ぎました。夏休みにどこかへ旅行へ行くのは息子が小さかった昔のことで、今は夏らしいことをする機会がありません。夏が終わる前にスイカやカキ氷は食べたいな。


20190809222118586.jpeg  先日食べた日向夏のくずきり



妹ちゃん(もうひとつのヴァイオリン)を持ってレッスンへ

 2019-07-21
先日の木曜日、ヴァイオリンのレッスンへ行きました。

内面がふらふら・ゆらゆらしているなぁと思っているうちに、身体も次第にそうなってきてしまって…、軽い方のヴァイオリン(妹ちゃん)を持って出かけました。こっちの方が少しだけ軽くて小さくて、でもその少しがかなり大きな違いに感じられます。

普段は控えの選手(?)として、消音機をつけて弾くか、ヴァイオリン体験で弾いてもらう時(これが買った本来の目的)、煮詰まって気分を変えたい時など、活躍の場が限られているので、レッスンに出かけるのは嬉しいに違いないです。久しぶりに弾いたら、わたしの状況とは関係なくのんきな明るい音がして(まあ煮詰まっている状態とも言えなくはないので)、気持ちが明るくなります。

先生に久しぶりに対面して「かなり良い音が出るようになっています(^^)」と言ってもらえました。良かったね!!いつでもわたしの状況と関係なくのんきな音がすること、いつものヴァイオリン(相棒くん)よりも音程が分りやすいことをお話しすると、それはやはり良い楽器とそれほどでもない楽器の違い、とのお話でした。

「良い楽器は弾く側がやったことに敏感に反応するもの(^^)。」そうですね。だから相棒くんとは、上手くいかない時には一緒に調子が悪くなってしまうように感じるのです。弾く人がわたしなので仕方が無い。でもほんのたまに、良い音がしている!と思う時には本当に幸せな気持ちになる(妄想世界に行っているだけかな?)。

妹ちゃんの方が音程が分り易いというのは、音がシンプルだから(笑)。良い楽器の方が周波数帯が広いので分りにくいのです。消音機をつけたときに音程が分りやすいのと同じことだそうです。何となくそう思ってはいましたが、改めて明確に説明していただいてよく分りました。

先生はいつも、わたしのヴァイオリン(相棒くん)を良い楽器として話をされて、とても嬉しい。クラシックの音楽を弾くためのヴァイオリン。わたしのような人がひとりで演奏しても楽器の音に力があるので助けられます。妹ちゃんはそれにはもの足りないけれど、他の楽器とクラシック以外の音楽をやるには適しているし、録音したらこっちの方がヴァイオリンらしい音に聴こえるかもしれません。

力の入れにくい左手を過度に押さえようとすると苦しい音になる。力を抜いてそれなりに弾けば穏やかな音です。そういうことなのですよ、何でも。わたしなりに自然に無理のないように。このところそれを探して復元作業をしていたのでしょ。大変なことも難しいことも無い、ただ慣れていないだけです(笑)。

レッスンではかろうじてカールフレッシュの課題の音階はみていただいて、あとツィゴイネルワイゼンを少し。左手に余計な力を入れないで後半の速い部分を弾くための練習。すぐにピキッと余計な力を入れようとしてしまいます。なかなか慣れない…。
次回のレッスンには通常モードに復活していたいと思います。


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梅雨も明けず、天気が悪いのが幸いしてか、ベランダのバラは2度目の花盛りです。



自分を発掘する

 2019-07-12
珍しくずいぶん間が空いてしまいましたが、大丈夫です(笑)、変わりなく過ごしています。正確に言えば変わりないというのはちょっと違って、仕事や体調や表向きのことは良くも悪くもいつもの調子であまり変わりないけれど、自分の内側のことについては大きな変化の最中です。ふらふら、ゆらゆらしてます。

自分の発掘・修復作業にいそしんでいます。長い間、本来の自分に土をいっぱいかぶせて上から踏み固めていたみたいです。それに気がつくキッカケは前からいくつかあり、先月から本格的にその作業をしています。週末になると劇場での仕事があり、そのたびに中断して、しかも長い間慣れてしまった本来と違うかもしれない自分にすぐ逆戻りしてしまう。週が開けるとまた復元作業に戻り…というのを繰り返しています。

発掘・復元作業のひとつは、自分の心地良さや好みを丹念に試しながら改めて確かめること。こうしたい、こんなのが好き…という自分の中のかすかな声(笑)に耳を傾け、それを丁寧に拾って実行してあげるのはかなり忍耐のいることです。加えて、進むにつれ、これまでやらなくてはいけないこととして自分に課してきたことが進まなくなって、その日その時にやりたいことしかできません。その日、その時にやりたいこともたくさんあるので、かなり疲れています(笑)。

誰かにやれと言われたことでなく、自発的に始まってしまったことなので、仕方ありません。今日は自分のためにお弁当を作った(家で食べるお昼ご飯)。先週のある日「海苔弁が食べたい」と思ったのでそれを叶えてあげました。面倒くさいのだけど、久しぶりに作るお弁当はなんだかオママゴトみたいで面白く、また何か発掘された気がします。一人のお昼はお腹空かないなぁ…と適当になることが多いけれど、お弁当作ったらお腹が空きました(笑)。

外側からやってきた価値観を受け入れていつのまにか自分のものとしていたのにも気がついて、わたし、そうじゃないんだ…と、もう先の見通しも立たない…ような気がしています。今月のカレンダーには何も書き込むのをやめました(手帳には予定が書いてあるし、それを白紙にしたりはしません、笑)。

変な近況報告になってしまいました。手間の掛かる毎日ですが、心の充実感はあります。どうぞご心配なく(^^)。


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インゲンのごま和えと卵焼きの海苔弁 見た目地味ですが満足しました



夜にレッスンへ

 2019-06-27
昨日の夜、ヴァイオリンのレッスンへ行きました。
普段は昼間の時間に行っていますが、昨日は夜の最後の時間帯。駅からの路沿いの花屋さんも八百屋さんももう閉まっていて、ちょっと寂しい。

ヴァイオリン、いい音がしているかも?と思ったそばから、また左肩の調子を悪くして幻になってしまいました。もともと自分の妄想だったのかもしれませんが、先生に評価してもらえず真実の程はわかりません。肩のことは自分でもまたと思うのだから、先生もまた?!と思っているに違いない…。「観察するのが仕事ですから(^^)」とおっしゃる通り、自己申告する前からわたしの様子があやしいのですぐに悟られてしまいます(苦笑)。

調子が良くないこと、うまく弾けないこと、ああ、まただ…と自分で思っていることなど、後ろ向きな気持ち一杯で弾いたら、やはりショボショボした音になってしまいます。「こちらの弓をお試しください(^^)」と、すぐに先生からご自分の弓の中の一本を手渡されました。おお、重たい…?ハッキリとした大きな音が出て、気分がサッパリしました。

時々、もっとこうして…と言われるよりも、物理的な方法で教えて下さることがあります。頭の中で鳴っているショボショボな音を、違う弓を使って張りのある音に変えることで、自分の弓に戻っても張りのある音が出るようになる。最初、自分の弓で弾いた時、圧力不足でカサカした音になっていたので、重ための、でも滑らかな音のする弓を貸してくださったそうです。音が改善されてから教えて下さいました。

カールフレッシュの音階、G線のハイポジションは肩が怖い&痛く苦しまぎれに弾いて、音程が怪しいと頭の中の音も更に怪しくなりグダグダしてしまう。G線に限らず、半音ずつ上がって下がる音階はどの弦でもやる度に違ってしまいます…。身体がどうのではなく、やはり頭の中の音程の問題です。

レッスンへ行くと、ヴァイオリンやわたし自身が適正な状態に調整してもらっているように感じます。もちろん肩が急に治ったり、相棒くんがグァルネリになったりはしませんが、その日の状況で一番良い加減にしてもらって帰ってくるように思います。レッスンの最初よりも普段に近い音が出て、安心した気持ちになって、落ち着きました。

別に先生は怪しいことは何もしていませんが、なんだか不思議。ありがたいです。



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シクラメンは冬の花ですが、うちのコ、6月になってまた咲き始めました!



ギュスターヴ・モローの描いた女性のように

 2019-06-21
汐留美術館のギュスターヴ・モロー展へ行きました。この週末で終わってしまうので混んでいて、入場制限のため並びました…。

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展覧会概要に「質主義的な潮流にあった19世紀後半のフランスにおいて彼は、幻想的な内面世界を描くことで、真実を見いだそうとしました。」とあり、神話や聖書を題材に描かれた幻想世界を観たかった。モローが描いた女性がテーマになっていて、誘惑する・される、純潔であり官能的である、そういう存在としての女性の絵がたくさんありました。

なんだかんだ言っても、わたしは幻想的な美しい妄想世界が好きなのだろうし、だからチャイコフスキーのこれでもかと盛り上げるような甘い旋律にも同調していってしまうし、もうこれは抗えないことなのだと観念します(笑)。冷静で中庸で客観的な人でありたいと思ってきたけれど、それは自分がそうではないことを薄々知っていたからなのかもしれません(笑)。

そこそこ長く生きてきてこれまでにつくり上げられた自分が、もともとのわたしからはかなり違ってきているかもしれないことに気がつきました。何が好きで何が心地良いのか、頭で考えるのではなく試して体感して選びなおすというのを、チマチマとやっています。全く生産的ではないしとても疲れるけれど、少しだけ本来のわたしに戻ってきているかもしれません。

分りやすいことでは、眠たい、疲れた、お腹が空いた…、そういう基本的なことを無視しないで素直に感じて、それを満たしてやる。あとは身の回りのものとか服とか環境とか、身体も気持ちも心地良いものは何か?など。もう途方に暮れるほどいままでテキトーなものを自分にあてがってきたんだなぁと愕然とします。

自分で忘れていた本来の感覚を思い出すのは新しいような懐かしいような気分です。これを続けて行けば、やがてはモローの描いた女性のようになっていくのかもしれないなぁ…と(他の言葉で解説するのが難しい)、今日は改めて思いました。

最近、とても相棒くんが良い音を出しているような気がします。弾く側のわたしに何か変化があれば、そういうこともあるだろうなと思います。わたしが緩んで元に戻っていけば相棒くんも本来持っている良い音になっていくに違いないです。(幻想・妄想ではないことを願います、笑)



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